転職コラム”展”職相談室

キャリアや転職に関わる様々な疑問・お悩みなどに、アクシアムのキャリアコンサルタントがお答えします。

“展”職相談室 第158回
2016.04.07

社費でMBA留学をするも転職を希望…スムーズな転職と留学資金の返済計画とは?

会社の海外大学院留学制度に応募し、某ビジネススクールに留学した35歳です。卒業して半年が経ちました。私の会社では、会社の指定先大学へ留学した場合、学費・渡航費・生活費等はすべて会社が負担してくれるのですが、卒業後5年以内に自己都合で転職すると留学資金を全額返金する決まりがあります。私もそのような内容の誓約書に署名した上で、留学をしました。

卒業して会社に帰任してみて、現在の会社や職務では思い描いていたような仕事ができないと感じてしまいました。会社へ申請はしているものの、希望の部署への異動も叶いそうになく、転職をしたいと考えています。その場合、転職と留学資金の返済をどのように計画すればいいのか教えてください。返済総額は約2,000万円です。また、MBAの先輩の中には、いわゆる社費留学の費用を返済していない人もいると聞いたのですが、そのような手段があるのでしょうか?

Answer

転職と留学資金の返済についてのご質問なのですが、まずは35歳での転職、そして転職後の長期のキャリアプランについて、しっかりお考えになることをお薦めします。5年後には40代を迎えるわけですから、ここからのキャリア形成は非常に重要。もしいま明確にやりたいことがあり、5年後・10年後の目指すべきキャリアの方向もある程度お決まりなのであれば、転職活動を開始されるとよいと思います。

実際に転職活動に入っても、希望する業界や職種でのオファーが得られるかどうかはわかりません。35歳のMBA人材を対象とする求人の年収も、じつに様々。600万円程度の場合もありますし、1,000万円の場合もあります。また2,000万円を超える案件もあります。

転職後にはベースの生活費等に加え「留学資金の返済」という必要経費が発生するのですから、希望する業界の年収がどの程度なのか、10年後の報酬累計がどの程度になるのか、まずは推定をしてみましょう。仮に転職後の年収が約1,000万円だとすると、MBAホルダーであれば、さらにそこから職責と年収がどの程度高まっていくのか見込むことも可能です。ただ、ベンチャーへの転職や起業を考えておられるなら、たとえストックオプション等による報酬があったとしても、高い現金年収は期待できず、返済計画はまったく異なります。その場合、先に年収の高い業界・職種で返済資金を蓄えてから、希望の業界へ転じるというプランもあります。

さて、企業の留学制度は、概ね以下のような種類に分かれます。

1) 留学奨学金制度・給付型…返済義務なし
2) 留学奨学金制度・返済型…返済義務あり
3) 留学資金・金銭消費貸借契約…返済義務あり

留学資金の返済義務がある場合、返済方法についても会社によってまちまちです。

i) 退職時期にかかわらず一括返済
ii) 5年以内の退職の場合に返済義務、時期にかかわらず一括返済
iii) 5年以内の退職の場合に返済義務、1年毎で20%ずつ減額     など

一括返済と分割返済では、転職そのものも含めた今後のプランが大きく異なりますよね。ご相談者の会社ではどのような返済規定になっているのか調べてみましょう。また参考にできるよう、自社内での過去の返済ケースも調べておいてください。

また、先輩MBAで留学資金を返済しなかったケースがあるというのは、随分と昔の話だと思います。70年代~80年代前半のMBA留学生は、その数そのものが極めて少なく、2つの会社から奨学金を得て留学する派遣生がいたほど。それに、留学後に会社を辞めるかもしれないという前提がなかった大らかな時代でした。ですから返済規定などもあいまいで、退職時に資金の返済を行わなかった人もいたようです。

しかし、80年代後半から留学後に退職する人が増加し、企業は制度を再整備。奨学金は給付型から貸借型などに変化しました。そんな中、不幸にも返済に関しトラブルとなり裁判に至ったケースでは、会社が業務上の命令で派遣したのか、個人が社内留学制度に応募したのか、が争点となり3つの判決例(※1)が出ています。いわゆる労働基準法第十六条(※2)が禁止する違約金・損害賠償の定めに当たるか否かが問題になったわけです。留学・研修に「業務性」が認められる場合は、費用の返還を求めることは同十六条に反し許されないとされました。

※1 判例
◆東京地方裁判所 平成9年5月26日 長谷工コーポレーション事件
 労働判例717号14頁/判例時報1611号147頁/労働経済判例速報1635号26頁
◆東京地方裁判所 平成10年3月17日 富士重工業事件
 判例時報1653号150頁/労働判例734号15頁/労働経済判例速報1667号29頁
◆東京地方裁判所 平成10年9月25日 新日本証券事件
 判例時報1664号145頁/労働判例746号7頁/労働経済判例速報1679号27頁

※2 労働基準法
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

法的な解釈をここでは掘り下げませんが、それぞれの判例についてインターネットなどで一度ご覧になってみてください。会社側が留学資金の返済を勝ち取ったケースもあれば、返済請求を認められなかったケースもあります。個人的には企業側が返済を求めることができるのは、学費と渡航関係費用等の留学に直接関係のある費用に限られ、給与・賞与・住宅費については本来求めることが困難であると考えています。例外的に、MBA退職者を増やさない歯止めとして、強硬に学費・渡航関係費・住宅費・その他諸経費、さらに留学準備にかかった英語研修費、留学中の給与などすべてを一括で返済するよう求めてくる企業もあるようです。しかし、多くの企業は返済方法についても個人の負担が過重にならないよう、分割返済や費用の減免等、適切な処置を取るべきと考えているケースが多いと思います。

ご相談者の現状としては、現職の職務がMBAで学んだこととあまり関係がないようですので、留学費用の返還請求が法的には認められない可能性もなきにしもあらず…ですが、返済義務について言及した誓約書にサインをされているので、返済義務はあると思います。会社の損害という視点でみれば、それは留学資金にとどまらず、留学期間中の給与・賞与、留学期間中に会社に貢献しえた利益、さらには帰任後に貢献しえた利益も含まれます。会社にとってみれば、それらすべてが失われるわけですから、そのことも十分に認識しておきましょう。

最後に、返済額が約2,000万円あり、つぎの転職先で約1,000万円の年収を得られたと仮定して具体的な方策をいくつかご提示します。(これらは過去に、実際にMBA企業派遣生が行った方法です。)

  1. 派遣元企業に、返済の全金額が貯まるまで返済を猶予してもらう。
    ※ベンチャーへの転職や起業をする場合に有効。
  2. 派遣元企業に、返済金額の減額や分割返済を了承してもらう。
    (分割については2~5回程度の場合が多い。)
  3. 親族や友人から返済資金を借り入れ、派遣元企業に一括返済する。
  4. 転職先企業から、留学資金を全額支給してもらう。
    (全額を金銭貸借契約で貸し付けてくれる場合や、一部貸し付けの場合あり。)
  5. 留学先の学校から、留学資金相当額を低利子貸借契約にて借り入れた上で、派遣元に一括返済する。
  6. 自己資金から返済する。

残念ながら既に卒業されているので、5. の教育ローン等の申し込みはできませんね。一番多いパターンは 3. で、自己資金の不足分を親族(おもにご両親)から借り入れて一括返済する方が多く見受けられます。自己資金額にもよりますが、1,000万円以上の年収を得られたMBAの方々であれば、親族への返済をその後5年程度で容易にされています。

私費留学生は、まだ年収がそれほど高くない留学前に資金計画を立て、一歩を踏み出す方がほとんど。ですから、MBAという付加価値を得て年収アップも狙える卒業後のいま、返済計画を立てることはできるはずです。返済義務がある場合には、当たり前ですがやはり返済はするべきです。退職の申し出を行う際には、円満退社のためにも、しっかりと返済計画もあわせて会社へ提示すべきだと思います。

※こちらでは、質問と回答を簡潔に要約し、典型例としてご紹介しております。キャリアコンサルティングの現場ではコンサルタントとキャリアについてご相談いただくのはもちろん、実際の求人ポジションをテーブルに載せながら、「現実的な可能性」の検討をしています。したがって、その時々で市場動向・受託ポジションが異なりますので、「現実的な可能性」=キャリアのチャンスも様々になります。

コンサルタント

インタビュアー/担当キャリアコンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)