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2012年12月

なぜマッキンゼーの人は年俸1億円でも辞めるのか?
田中 裕輔(著)

人間は、成功経験であれ失敗経験であれ、経験を積み重ねていくに従って、普遍的な表現で人生訓を語り始めるものです。簡素化された人生訓は必ず深い意味をもつ一方、若い人達にとっては、心に残らないものにならないことが多いようです。若い人は、どうしても手近な課題対策など、即効的で即物的な内容を求めてしまいます。「こうすれば成功する」というようなマニュアル的な本、チェックシートのようなノウハウ本に助言や救いを求める傾向になりがちです。

他方、年齢を重ねた先輩たちは、若い人達の言葉に耳を傾けたくないものです。青年が主張すること自体は正しいことだと分かっていても、「いずれ君も分かるときが来る」と高をくくることが多くなります。頭ごなしに否定する人もいるでしょう。

前置きが少し長くなりましたが、本書の著者は、飾ることなく赤裸々に、等身大の自分自身を語っています。書かれた内容の是か非かはさておき、ここまで正直に自分のキャリアについて書かれた本は読んだことがありません。戦略コンサルタント、MBAホルダーが書き起こした自叙伝では、これまでになかったことです。大学時代の話から、就職活動、マッキンゼーへの就職、MBA卒業と同時に株式会社ジェイド(現株式会社ロコンド)を創業するまでの彼のキャリアの軌跡について、あくまでも自然体で書ききっています。

創業してまだ1年という、ビジネスの成否が決まっていない段階で自分のキャリアについて出版することは、起業家にとってかなりのリスクです。それを承知で出版した姿勢こそが、今の日本に不足しているものなのではないでしょうか。

筆者の田中氏は、その1点で特に大変高く評価されるべきだと思います。本書に書かれた人生観について、細かい点では異論がある部分があります。まさに私自身が年を取ってしまったのかもしれませんが、そんなことは関係なく、田中氏が述べていることは田中氏にとって正しいと考えたことであり、それを包み隠さず述べてくれていることに感銘すら覚えます。

大学時代には、MBAもマッキンゼーも知らなかった若者がどのように短時間で変わっていくことができたのか、まさにその軌跡は、次の世代には身近で共感が持てるものだと思います。大成功した先輩諸氏や着飾った大企業経営者の成功自伝よりもはるかにインパクトがあるでしょう。

私が特に面白いと思ったポイントは、次の2つです。

  1. 戦略コンサルとして多くを学び、経験を持つ自分にとって「MBAに行く価値はあるか?」という質問への答えはNO。皆がMBAに行くのは履歴書に書けるからだ。MBAの経済効果だけ考えればNOだ。しかしMBA留学して後悔しているかと問われれば、これも答えはNOだ。

      この考え、記述に共感します。

  2. 今の日本に必要なことは自分の人生に対して責任を持って積極的に志に向けて突き進むこと。日本人に必要なことは知恵でない。マッキンゼーは自分を変えてくれたが、同時に、会社に頼らずとも志をたてて戦ってゆく自信を与えてくれた。マッキンゼーの先輩に続いて社会にインパクトを与えたいと思う。

      この考え、記述にも多いに共感しました。

本書は、精神論を廃しながらも、若い世代にも先輩の世代に対しても、「貴方はどのように考え、実際に行動しますか?」と問い詰めてくる書です。起業を考える人、大学・大学院生、社会を変えたいと思っている人、コンサルタントになりたい人には間違いなく一つの考え方を示してくれるでしょう。さらに、35歳以下の世代には、古い世代と異なりベンチマークすべき先輩が少なく、変化の激しい時代を生きてゆかなければならないという点で、参考になる書だと思います。自分なりのオリジナルなキャリアメイクに挑戦する人たちにもお勧めです。

田中氏も冒頭で「パートナーの本当の年収を知らない」と述べておられるように、マッキンゼーでは同世代の人に比べて高い報酬を得ている人が多いことは事実です。しかし、実際には年俸1億円をもらっている人は多くはありません。その点、本書のタイトルは確かにインパクトがありますが、いささかオーバーと言わざるを得ません。マッキンゼー先輩の中には、「お前そんなにもらっていたのか?」と周りに揶揄されることもあるということで、閉口している人もいます。

しかしながら、私は田中さんのような若者が日本に増えてきたことを素直に肯定するものです。たとえ彼がまだ起業したばかりであっても、その成果が未来のものであっても肯定するものです。「何よりも実行の主体者になりたい」という若者を日本の社会は受け入れられなければなりません。傍観者ばかりの社会に成長、発展はありません。

なぜマッキンゼーの人は年俸1億円でも辞めるのか? 出版社:東洋経済新報社
著者:田中 裕輔(著)