転職コラムキャリアに効く一冊

キャリア開発に役立つ書籍を毎月ご紹介しています。

2015年10月

競争力
三木谷浩史・三木谷良一(著)

流通総額1兆円のインターネット企業に発展を遂げた楽天。いまやその楽天を創業した三木谷浩史氏のことを知る人は多いでしょう。しかし、楽天創業の1997年までは“三木谷氏”といえば神戸大学経済学部の名誉教授であり、日本金融学会会長でもある三木谷良一氏のことでした。創業の翌年である1998年、日本の金融業界・経済界は大きな変化の時期を迎えていたのですが、父・良一氏が日本金融学会の会長を退任され、息子・浩史氏の楽天が大きく飛躍を始めたのがちょうどその頃。時代の変遷期との符合には、感慨深いものがあります。

そこから15年。グロバール企業の経営者となった息子と国際派経済学者である父による親子対談が、2013年4月から7月にかけて17回にわたり行われました。日本経済をめぐる様々な問題をどのように考え、何をすべきか…それらをまとめたのが本書です。

三木谷親子には、フルブライト派遣による経済学留学と、企業派遣による経営学留学の違いはあれど“ハーバード大学大学院留学”という共通の体験があります。「金融業界への関心」、そして「日本への問題意識」「未来への強い思い」という共通の話題もあります。しかしながら、企業経営者と経済学者という視点の違いから、極めて異色で、かつ興味深い対談となっています。

『キャリアに効く一冊』というコラムタイトルに相応しいという意味では、浩史氏の独自の哲学が書かれた「成功のコンセプト」「成功の法則92ヶ条」「楽天流」「たかが英語!」等をあげるべきかもしれません。きっとこれらの著書のほうがビジネス書としては実践的でためになると思います。しかし、キャリアを“人生”として捉えるとき、生き方を決断するのに何が重要か、家族の助言や後押しがいかに貴重かという点についても、お二人の議論の中身そのものと合わせて感じ取ってもらえればと思い、本書をご紹介することにしました。

本書では、日本が置かれている厳しい状況を認識し、どのようなビジョンをもって対応すべきか、その処方箋を考えるための対話が展開されていきます。旧来型の勢力が現状にしがみついている限り、生産性は低下し、競争力が弱まるというのが浩史氏の主な主張。生産性を高め競争力を上げるために、規制の撤廃だけではなくインターネットをはじめとしたITを活用することでイノベーションを起こすという提案がなされます。それらのプランについて、経済学に裏付けされた良一氏の意見を聞きくかたちで、議論が進められます。途中、シュンペンターの教えについて語り合うくだりがあるのですが、この親子の対論には知的興奮を覚えました。神戸大学と一橋大学、ハーバード大学をめぐるイノベーション理論の源流。イェール大学、オックスフォード大学、ミュンスター大学など、アカデミックの領域で世界に貢献してきた“この父にしてこの息子あり”との感想を持ちました。

浩史氏によれば、良一氏は「孫子」「論語」などの東洋思想にも通じていたそう。本当に素晴らしいお父上であり、浩史氏に与えた多大な影響が伺えます。本書の中で、浩史氏は良一氏についてこんな風に語っています。

私は子どもの頃、利かん坊で、成績もいい方ではなかったが、父はいつも温かく見守ってくれた。校風が合わず、私立の中学から転学する時も、私の考えを尊重し、サポートしてくれた。一橋大学を卒業して研究者になるかビジネスマンになるか悩んだ時や、日本興業銀行を辞める時、楽天を創業する時、TBSを買収しようとした時など、人生の岐路に立たされた時、私は必ず神戸にある実家を訪ねて父に相談し、示唆を受けてきた。妻をはじめとした、私の隠れブレインのひとりと言ってよいだろう。普通の父であれば「他人と違うことをするのはやめておけ」とアドバイスするかもしれないが、父はいつも冷静で「本質的に正しいと思ったら、やりなさい」と私の背中をそっと押してくれた。もちろん、その際に「これとこれだけはしっかりやれよ」と注文を付けたことは言うまでもない。

また、本書の後半では、三木谷家の教育について触れられた箇所もあります。

浩史氏:お父さんは、ぼくら子どもたちをどういうふうに育てたのですか。 良一氏:うちはもともと「勉強しろ」とか、親が子どもに指示する家庭ではなく、子どもをひとりの人格として認めて、型にはめたりせずに育てようという教育方針でした。ぼくが子どもたちに言って聞かせたのは、他人のものを勝手に盗ってはいけないこと、正直に何でも言うこと、それに弱い者をいじめたらいけないということぐらいだったね。 浩史氏:そう。とても自由な家庭でした。

浩史氏が今後の10年、20年をどのように行動し、決定を下していくのか。その計画の片鱗を本書では垣間見ることができます。「イノベーション」「オペレーション力」「アベノミクスを問う」「ローコスト国家」「国際展開力」「教育力」「ブランド力を高めろ」「競争力とは何か」といったテーマについて、三木谷親子流の処方箋が書かれています。残念なことに父・良一氏は本書の上梓の後、他界されたのですが、きっと本書に書ききれない多くの言葉を浩史氏に残したに違いありません。うらやましい限りです。人生において、決断を逡巡するようなことは何度も起きます。ましてや浩史氏のような経営者になると、日常、大小を問わず孤独な意思決定の連続です。良一氏の言葉が、父から子、先生から弟子への教えとして、これからも浩史氏を支えてくれるのでしょう。

最後に、良一氏はこう記しておられます。

国際化というのは国籍のない人間になることではないということだ。もちろん英語を話すことは必須条件だが、日本人としてのアイデンティティを持つことが真の国際化の大前提である。歴史と伝統のある日本という国のよいところを携えて国際舞台で働くことが、世界に対する貢献だと思う。

息子である浩史氏にあてた言葉は、同時に次世代の子供たちへの言葉として、本書の結びとなっています。