転職コラムキャリアに効く一冊

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2016年4月

「学力」の経済学
中室牧子(著)

今月ご紹介するのは、いつものビジネス書とは少々異なる一冊『「学力」の経済学』です。教育を経済学の理論や手法を用いて分析することを目的とする“教育経済学”。気鋭の教育経済学者である中室氏が昨年上梓された本書は、今まで「思い込み」で語られてきた教育の効果を科学的根拠から解き明かそうとした、大変興味深い内容でした。

有効な政策というものは、マクロなレベルで治験や統計調査がされてこそ(導かれる差を明らかにしてこそ)立案できるものだというのが本書の根幹にある主張。著者が提唱する“科学的根拠に基づいた教育政策=エビデンスベースポリシー”は、これからの日本の教育制度を大きく変えてくれる可能性に溢れていると感じました。

また、政策といった大きなレベルの話でなくとも、本書で示された考え方・視点などは身近なところで多いに参考になると思います。

著者は、冒頭から今までの教育に関する常識、バイアスを様々なデータを挙げて鮮やかに覆してみせます。

◆教育評論家達の常識

  • ご褒美で釣っては「いけない」
  • ほめ育てはしたほうが「よい」
  • ゲームをすると「暴力的になる」

◆根拠(エビデンス)が示すアドバイス

  • ご褒美で釣っても「よい」
  • ほめ育てはしては「いけない」
  • ゲームをしても「暴力的にはならない」

我が子の教育について模索する親が、他人の子育ての成功体験を聞いて真似をしたとしても、同じように成功する保証はどこにもない。なぜなら、それはごく個人的な経験に基づいているため科学的根拠がなく、「なぜその方法が正しいのか」という説明が十分になされていないから。むしろ経済学がデータを用いて明らかにしている教育や子育てに関する発見のほうが、そのような体験談、あるいは教育評論家や子育て専門家の指南よりもよっぽど価値がある、と著者はいうのです。その主張には大いに賛成です。

日本において、ある種の聖域である“教育”の分野と同様に“キャリア”の分野についても、経済学的手法を用いた研究が遅れている感は否めません。また、教育とキャリアの相関関係や因果関係についての分析研究も、残念ながら多いとはいえない状況でしょう。有名大学や有名大学院に進学すれば、その後のキャリア構築はうまくいくのか? 学力と稼ぐ力に因果関係はあるのか? など、データを見てみたいテーマは多く、興味は尽きません。

日本では大規模な社会実験を受容する風土がまだなく、分析できるデータが限られるため、本書では主にアメリカで行われた調査のデータがエビデンスとして示され、教育の新常識というべき事象が紹介されていきます。

主なものを列挙しておきますので、幼いお子さんをお持ちの方はもちろん、教育や研修に携わっておられる方は、ぜひ実践的な内容として参考になさってください。それ以外の方にも、ご自身の漠然とした「思い込み」が覆される刺激、面白さを本書は提供してくれることと思います。

「読書をすると学力が高くなる」というのは“見せかけの相関”の可能性がある。読書にも学力にも影響するような「第三の要因」があるかもしれない。例えば、親が熱心に本を買い与えたりするような「親の子供への関心の高さ」を考慮すべきである。

「今ちゃんと勉強しておくのがあなたの将来のためなのよ」という言葉は、経済学的に正しい。子供の頃に勉強しておくことは、将来の収入を高めることにつながる。

「目の前ににんじん」作戦は教育の効果を高める。その際、「テストでよい点を取ればご褒美(アウトプットにご褒美)」と「本を読んだらご褒美(インプットのご褒美)」という2つの手法では、後者がより効果的。

優秀な友人に囲まれて学力が上がるのは、もともと学力が高かった人。学力が高い友人は、もともと学力が低かった子供にむしろマイナスの影響を与える(学力の高い友人と一緒にいればプラスに働くと考えるのは間違い)。問題児の存在は、学級全体の学力に負の因果効果を与える。

もっとも教育投資効果(収益率)が高いのは、子供が小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)。ただし、この場合の教育投資とは“人的資本投資”のこと。人的資本とは、人間が持つ知識や技能の総称であり、しつけなどの人格形成や、体力や健康などへの支出も含む。必ずしも勉強に対するものだけではない。

成績が悪かった子の自尊心をむやみに高めるようなことを言うのは逆効果。子供をほめるときには、もともとの能力ではなく、具体的に達成した内容を挙げることが重要。

少人数学級には一定の効果があるが、費用対効果は低い。

学校での行き過ぎた平等主義は、格差を拡大させる。

「いい先生」に出会うと人生が変わる。能力の高い教員は、子どもの遺伝や家庭の資源の不利すらも帳消しにしてしまうほどの影響力を持つ。それゆえ少子化が進む中では、教育の「数」を増やすよりも教員の「質」を高める政策の方が有効といえる。

実際に教壇に立っている教員の「質」を高めるには、資格という参入障壁をなるべく低くする、つまり教員免許制度をなくしてしまうということがもっともシンプルな方法。

「学力」の経済学 出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
著者:中室牧子(著)