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2012年1月

Steve Jobs スティーブ・ジョブズ(Ⅰ・II)
ウォルター・アイザックソン(著),井口 耕二(翻訳)

2011年10月5日、偉大なスティーブ・ジョブズが56歳の人生に幕を閉じた。

ジョブズが逝ってしまったことを全世界のメディアが報じたその翌月、早くも同氏の伝記が出版された。自叙伝でもなく、亡くなった人の過去の歴史を後になって紐解く形で書かれたいわゆる伝記ではない。ジョブズ自身が生前からウォルター・アイザックソン氏に依頼し、ウォルター・アイザックソンがジョブズの人生やあるがままの彼を書き起こしたものである。

出生、生い立ち、学生時代、アップルの創業、マッキントッシュを世に送り出し成功したこと、経営者として追われ、後にアップルに復帰したこと、ピクサー社の話、そしてiTunes、 iPhone 、iPadを生み出したこと、さらには癌を宣告された後の最後の7年間の苦悩、その苦悩の中で最後までイノベーションにこだわったこと、そして家族に見守られながら死を受け入れるまで、まさに劇的なジョブズの人生全てが書き上げられている。 アップル社を世界でもっとも価値のある企業に育て上げ、世界中の人に「新しい世界」を見せつづけてくれた彼の生涯がここにある。

筆者は、年月をかけてジョブズの人生にかかわった多数の人にインタビューを重ね、容赦なくジョブズの本質に迫っている。ウォズニアック、ビル・ゲイツ、ローリーン、アンディー・グローブ、ルパート・マードックなど、彼の人生を身近で見守ってきた人達を通じ、ジョブズの魅力のみならずその人間として欠点にまで迫り、世界を変えることができた理由を見事に浮き上がらせた。

「現実歪曲フィールド」と呼ばれるジョブズ独自の自分勝手な理屈の主張や、あるいは身勝手な記録の書き換えを行っていたことを多くの人が証言しているが、そんな欠点さえも容認されていたように思われる。初期のアップルでこそ否定されていたものの、後にアップルにもどって多くの偉大な功績を成し遂げた後は、もはやその欠点も彼の卓越した能力の一部とみなされたのかもしれない。

なぜジョブズは、人々をわくわくさせるような製品を生み出すことができたのか。それも一度ならず何度も。LSDの経験、インド放浪、そして禅は彼の思想に何を与えたのか?失敗を恐れず挑戦できた理由は何か?どうして起業できたのか?未来が見えていたのか?なぜアップルの製品にはオン・オフのスイッチがついていないのか?

筆者はジョブズの功績についてまとめるに際し、ジョブズの性格がその製品に反映されていることをまず取り上げている。

「ハードウェアとソフトウェアをエンドツーエンドに統合するのがアップル哲学の中核であるように、ジョブズも、その個性、情熱、完璧主義、悪鬼性、願望、芸術性、中傷、脅迫的コントロールといった要素が全て、ビジネスに対するアプローチにも、そこから生まれる革新的な製品にもしっかり組み込まれている。」と。

そして書の最後にジョブズ自らの言葉を最後に紹介している。

「スタートアップを興してどこかに株式を公開し、お金を儲けて次に行く―そんなことをしたいと考えている連中が自らを「アントレプレナー」と呼んでいるのは、効くだけで吐き気がする。〔中略〕。1世代あるいは2世代あとであっても、意義のある会社をつくるんだ。〔中略〕。それこそウォルト・ディズニーがしたことだし、ヒューレットとパッカードがしたこと、インテルの人々がしたことだ。彼らは後世まで続く会社を作った。お金が儲かるだけじゃなくてね。」

「クリエイティブな人というのは、先人が遺してくれたものが使えることに感謝を表したいと思っているはずだ。〔中略〕。僕がいろいろできるのは、同じ人類のメンバーがいろいろしてくれているからであり、すべて、先人の方に乗せてもらっているからなんだ。〔中略〕。そして僕らの大半は、人類全体に何かをお返ししたい、人類全体の流れに何かを加えたいと思っているんだ。〔中略〕。僕らの先人が遺してくれたあらゆる成果に対する感謝を表現しようとするんだ。そしてその流れに何かを追加しようとするんだ。そう思って、僕は歩いてきた。」

将来起業したいと思っている人、すでに起業している人、今からイノベーションを興したい人などには、ぜひ読んでいただきたい。一度読んでおけば、本当の苦難に面した時にきっと本書を思い出せ、それが役に立つだろう。その時にもう一度読み返してみるとなおよいかもしれない。

若い人にも是非読んでほしい。きっと、ジョブズの常にスタイリッシュな人生、目的をもって生き抜いた人生が、実は多くの人々との出会いから紡がれていることに気づくであろう。そして、きっと友人や家族を大事にするだろう。

本書を読んで、彼の死を悼む多くの人々はジョブズを深く愛していたことに気づいた。単に製品を愛していたのではなく、実はジョブズを愛していたのだ。

私は読了後、ジョブズが天才であり偉人だったことに改めて感じ入っただけではなく、ジョブズと同じ時代に生きることができて幸せだったと、ふと気づかされた。