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2013年2月

後世への最大遺物・デンマルク国の話
内村 鑑三 (著)

「後世への最大遺物」は、1894年(明治27年)、内村鑑三が33歳の時に箱根にてキリスト教青年会(今のYMCA)で講演した内容を大会委員がまとめ、それを後日内村鑑三本人が監修し発行されたものである。1世紀の時代を経てもなお実践可能な人の生き方について示してくれている。まさに内村鑑三その人の生涯最大の遺物である。

内村鑑三は、高崎藩の武家に生まれた。7歳で明治維新が起こり、突然父の代で武士の世が終わってしまう。17歳で札幌農学校(現北海道大学)に学び、クラーク教授の教えを受けて英語を学ぶとともに、プロテスタント教、イエスを信じる者の契約に署名。同期には新渡戸稲造がいる。その後25歳でペンシルバニア知的障害児養護院に看護人として勤務しながら入学準備を行いマサチューセッツ州アマースト大学に入学、卒業後、ハートフォード神学校に進学するが途中で退学、帰国している。

今でも海外留学は難しいが当時の苦労は今の比ではなかろう。薩長の明治政府側の出身ではなく驀臣側の武家の出身であるがゆえに、混沌とした社会に人生の前提条件が大きく変わってしまった後、自分はどうあるべきか、10代から20代に苦労に苦労を重ねて考え抜いた末にたどり着いた考えを述べた書である。決して大成功した人が述べた書ではなかったことに私は注目したいと思う。たとえ33歳であっても考え抜けば、自分の信じる考え方に到達することが可能であること、そして本書に述べられていることが今も多くの人の心に伝わることが本書を勧める理由である。

皆さんの年齢や信じる宗教に関係なく、読んで欲しい書である。

しゃにむに勉強や仕事に打ち込んでいる時には、このような書物は馬鹿らしくもあり、読む気もしないはずだ。しかし、ふと人生を考える時間があるのであれば、あるいは人生について考え込んでしまった時、立ち止まった時にはぜひとも読んでもらいたい。

私はこの書を最初に読んだのはまさに32歳のとき、初めて会社を辞めようと思うぐらいの悩みに直面した時、幸いにも出会うことが出来た。結果この書を読んでみて、あきらめずに目標をもって会社を辞めずに頑張ることができた。その時、踏ん張らなければ今の私はなかったと思っている。その時この書を読んで気づいたことは、「今の自分では何か残せる思想など持ち合わせていない、まだまだ苦労が足りず、考え抜いていない、まだまだ考える深さが不足している」という事だ。

内村鑑三の研究については多くの研究家の方々にお任せし、ここでは彼の著「後世への最大遺物」が、キャリアに効くと思うポイントを以下に抜粋しておきたい。

  • 〔天国に往く時に〕私の心に清い欲が一つ起ってくる。すなわち私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、このわれわれを育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない、との希望が起ってくる。ドウゾ私は死んでからただに天国に往くばかりでなく、私はここに一つの何かを遺して往きたい。それで何もかならずしも後世の人が私を褒めたってくれいというのではない、私の名誉を遺したいというのではない、ただ私がドレほどこの地球を愛し、ドレだけこの世界を愛し、ドレだけ私の同胞を思ったかという記念物をこの世に置いて往きたいのである、すなわち英語でいうMementoを残したいのである。
  • 後世へわれわれの遺(のこ)すものの中にまず第一番に大切なものがある。何であるかといえば金です。われわれが死ぬ時に遺産金を社会に遺して逝く。己の子供に残して逝くばかりではなく、社会に遺して逝くということです。
  • われわれの今日の実際問題は社会問題であろうと、教会問題であろうと、青年問題であろうと、教育問題であろうとも、それを煎じつめてみれば、やはり金銭問題です。ここにいたって誰が金が不要なぞというものがありますか。ドウゾ、キリスト信者の中にも金持が起ってもらいたいものです。実業家が起こってもらいたいです。
  • もし金を後世に遺すことができぬならば、私は事業を遺したいとの考えです。
  • 金を溜める天才もなし、またそれを使う天才もなし、かつまた事業の天才もなし、また事業をなすための社会の地位もないときには、われわれがこの世において何をいたしたらよろしかろうか。われわれはあるときはかの人は天才があるのに何故なんにもしないでいるかといって人を責めますけれども、それはたびたび起る酷な責め方だと思います。人は位地を得ますとずいぶんとつまらない者でも大事業をいたすものであります。位地がありませぬとエライ人でも志を抱いて空しく山間に終わってしまったものもたくさんあります。それゆえ事業をもって人を評することはできないことは明らかなることだろうと思います。(中略)私に金を溜めることができず、また社会は私の事業をすることを許さなければ、私はまだ一つ遺すものを持っています。何であるかというと、私の思想です。
  • 思想のこの世の中に実行されたものが事業です。われわれがこの世の中で実行することができないからして、種子(たね)だけを播(ま)いて逝こう、「われは恨みを抱いて、慷慨(こうがい)を抱いて地下に下らんとすれども、汝らわれの後に来る人々よ、折あらばわが思想を実行せよ」と後世へ言い遺すのである
後世への最大遺物・デンマルク国の話 出版社:岩波文庫
著者:内村 鑑三 (著)