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2016年8月

18歳から考える国家と「私」の行方~セイゴオ先生が語る歴史的現在 〈東巻〉
松岡 正剛 (著)

2016年6月23日、イギリスではEU残留か離脱かを問う国民投票が行われ、残留支持が48.11%、離脱支持が51.89%という開票結果が出ました。僅差で離脱支持が上回りましたが、まさに国を二分する結果となりました。ここまで世界中の人々が注目した国民投票は、過去になかったのではないでしょうか。この投票結果から導かれるであろう今後の出来事、世界経済や政治、移民や戦争、テロや内紛、文化や宗教に与える影響はあまりに大きく、誰もが無関心ではいられません。

さて、セイゴオ先生こと松岡正剛氏が昨年上梓された本書は、世界と自国について再考せざるを得ない時代にあって、必然の書のように感じました。二冊組からなる本書は、タイトルにあるとおり“18歳”の若者とともに日本がおかれている「歴史的現在」をめぐる視座について、近現代史を紐解きながら考えることが眼目のもの。歴史を考える視座は全部で14の講話にまとめられているのですが、まず東巻(第一巻)では「日本とアジアと資本主義列強の近代的出発点の矛盾」について、時代としては第二次世界大戦までが取り上げられています。西巻(第二巻)では、「中東問題や大衆ポピュリズムやネット社会にあらわれた現在の矛盾」に焦点が当てられ、戦後から現在が語られていきます。

私たちが「祖国」や「母国」を語るには、日本人としての歴史観を持つことが不可欠です。私はこれまで、日本の歴史教育には近現代史を教える姿勢も、学ぶ姿勢も欠けていたという決定的な欠陥があると思ってきました。これから日本がグローバル化を目指そうとも、そうでなくとも、せめて世界の歴史と日本の歴史を知り、そのうえで現在を知るべきです。今までのように、それらに無関心でも平穏でいられた状況は、いつまで続くかわかりません。本書を読んで最初に感じるのは、私たちが今授受できている平和は「束の間の半世紀だけの奇跡」であり、また、歴史の激流の中で微かながら伝承してきた素晴らしい日本の文化も、また奇跡なのだということです。「個」も「国家」も複雑になる中、仲間であるか仲間でないか、同質か異質かによって様々な諍いが多くなり、ますます不安に包まれた社会が到来するのでしょう。著者はいわゆる歴史家ではありません。ですが、希代の読書家であり編集者である氏だからこそ、時代の流れを見事に切り取ってハイライトし、私たちに示してくれているように感じました

また本書は、単なる書籍には分類できない、独自のメディアのようにも感じられます。本書にあるのは正論の押し付けではない、あくまで視座の提供であり、読者が考え自ら腹落ちさせねばならない重い課題も山積みになっています。しかしながら読後には、何らか光が見えてくる気がします。本書の中で、9.11のテロを知った日の氏の様子がこう語られています。

ここまで本書で東西のいろんな歴史的事件について書いてきましたが、それらを私の「歴史的現在」にするには多少の知的努力が必要でした。しかし、この9.11全米同時多発テロをほぼリアルタイムのニュースで浴びたときは、自分の知性や感情をフル動員しても、何かが決定的にまにあわないような気がしていました。(中略)私にとっての編集的世界観に強烈な「訂正」を与えたのでした。とくに自爆テロの凄まじさは私の歴史観に衝撃を走らせました。

松岡氏ほどの人物であっても、飲み下すのに困難を伴うものはあります。それでも私たちは、それらを飲み下していかねばなりません。過去の知性や思考を総動員しても理解できないこと、信じられないようなことが起こる理不尽もまた、現在なのです。

それから、「方法そのものにも知や思考が宿っている」という氏の主張も印象に残りました。目的こそが重要であり、目的達成のための方法論にはあまり意味がないと言われることも多い昨今、私には新鮮に感じられました。複雑で予見できない時代には、まさに氏が述べておられるように、未来のためにどのような方法をとるか、現在の選択、行動こそが重要なのではないでしょうか。

本書は「18歳から考える」と題されていますが、非常に示唆に富み、誰もが必読であると思います。

18歳から考える国家と「私」の行方~セイゴオ先生が語る歴史的現在 〈東巻〉 出版社:春秋社
著者:松岡 正剛 (著)


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18歳から考える国家と「私」の行方~セイゴオ先生が語る歴史的現在 〈西巻〉

出版社:春秋社
松岡 正剛 (著)