転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2011年1月~3月 
2011.01.06

キャリアと幸せ:現実を直視し、受け入れ、学ぶこと、努力することの重要性について

2011年が始まりました。世界経済や日本経済がどうなるのだろうかという不安はまだ拭えずにいますが、そこに心を砕く以上に、もう少し『自分の経済』を考えてみてはどうだろうかと思います。

自分経済学。個別の家計や企業を分析する単なるミクロ経済学ではなく、もっと個人の活動や経済行動にまで対象を狭めた分析をする学問。行動経済学がそれに近いのかと思いますが、さらにもっと人の内面に目を向け、より哲学的観点で個人の経済行動をとらえるようなもの。人間の営みが社会において絡み合うのが経済であり、経済が一個人だけでは成り立たないことは百も承知です。あえて自分経済学など議論するべくもないのかもしれませんが、そんな学問があれば専攻してみたいと思ったりします。

さて、今回は「キャリアと幸せ:現実を直視し、受け入れ、学ぶこと、努力することの重要性について」というテーマでお話を進めたいと思います。

本稿では、「明日を読め」というタイトルの通り、これまで統計的データや具体的な事象から将来を予測し、皆さんがキャリアを考える一助としていただくという趣旨で書き連ねてきましたが、2011年の冒頭にあたっては、従来とは少し異なる方向から書いてみます。混沌とした社会において皆さんが良いキャリアを作っていくことは、やはりそう簡単ではありませんし、こうすればよいというステレオタイプな答えがあるわけではありません。そこで、将来のキャリアを考えるにあたり、今一度、そもそも『良いキャリア』とは何かということから考え直していただくとよいのではないかと思ったためです。

本題に入ります。

昨年は、世界経済の中でいよいよ中国が日本を抜いたということがずいぶん話題になりました。GDPの総額で日本が中国に追い越されたことに着眼した議論もあれば、一人当たりGDPで比較した議論もありました。少子高齢化に焦点を当てた議論もあります。

ただ、これらのマクロ的な経済調査や統計の結果が示す現実と日々の自分の行動や経済活動との関係を明確に感じられている人は少ないのではないでしょうか?

まったく関係がないと感じている人は、『足るを知る』幸福な状態であるか、あるいは現実がわからずただただ何をして良いかわからない混乱した状態、とても不幸な状態にあるかのどちらかに思われます。

一方、自分の経済と日本の経済、さらには世界の経済とがつながっていてその関係性が見える人やそう感じられる人は、総じてなすべきことが分かっていて、現実的な目標や課題に立ち向かっている方であるように思われます。単なる楽観主義でもなく、さりとて悲観しているわけでもなく、優れたバランス感覚を以て現実に向かっているという状態です。

目標や課題は人それぞれ異なるものの、常に自分と他人のつながりを感じながら、その達成や解決にまい進し、今をしっかり生きているとも言えるでしょう。

 

ここで、極めて私的で楽観的な話題で恐縮ですが、私自身のお話をします。

私がアクシアムを1993年創業した際、心に誓ったことがありました。
それは、「人は、努力すれば会いたい人に会えるのだろうか?」という命題に対し、人と人の出会いを創出する仕事をする者として、「努力すれば会える」ということを証明しようという誓いでした。その命題を自分に課すに際し、3名の有名な人を心に決めました。その一人が、尊敬するダライ・ラマ法王です。

2010年の夏は、NHKで放送されたマイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」や書籍「正義の話をしよう」が話題になるなど、随分と哲学的な議論がなされた”熱い”夏でしたが、そんな中、ダライ・ラマ法王が茂木健一郎氏と「宗教と科学」をテーマに対談することを知りました。「もうこれ以上、待てない。休暇をとってでも講演に行くべき」と、11月の平日に仕事を放り出し、会場である愛媛県新居浜に飛びました。
直接対談することはできずとも、たとえ500名の聴衆の一人となるだけでも、この時期にダライ・ラマ法王の肉声で話を聞くことができたことは大変意義のあるものでした。

そして、いつか会いたいと決めた人に会える喜びに浸るよりも、「いつか会うと決めていたことを今実行したこと」の意味を考えました。特別なアポイントメントを取ったわけでもなく、人脈を使ったわけでもなく、ただ講演の申込書をFAXしただけです。それまで過去にもダライ・ラマ法王の講演は開催されていたし、行こうと思えば行けたはずなのですが、たまたまその時「今だ」と思い、75歳のダライ・ラマ法王の話を聞く機会を得られたことに単純に感謝しました。

当のダライ・ラマ法王と茂木健一郎氏の対話は、英語で行われ同時通訳がついていました。その内容はサイトにも掲載されているので文末のURLを参照していただければと思いますが、本稿では、私の心に残ったダライ・ラマ法王の話をピックアップし、皆さんに共有したいと思います。

  1. 宗教と科学は対峙するものではなく、対話することができるそれぞれ異なるものだ。
  2. 特に仏教は、宇宙学、物理学、心理学、脳神経学の4つの分野に貢献できるし、実際、貢献してきた。科学が進歩することで、仏教が否定されるのではなく、仏教で言われてきたような世界観、ゼロから始まるビッグバンなどは、その例と言える。ミクロな粒子からマクロな宇宙、時間の概念、瞑想や思考、脳、神経など、まだ科学でも解明しきれていない領域でも貢献できるだろう。事実、チベットの高僧はアメリカのいくつかの著名な大学の研究における協力者として貢献している。
  3. 私は人々に宗教を信じろとは絶対に言わない。誰もが自由に異なるものを信じても良い。他人に特定の宗教を信じろというのはおかしい。ただ私はチベット仏教を信じている。ブッダの教えを学んできたし、そこでリアリティーこそが大事であり、現実を見つめ感じることや学ぶことの大切さを学んだ。これからも学び続け、実践したいと思っている。
  4. 私は世界中飛び回っていて忙しくて修行する時間もないので、まだまだ至らないのだが(笑)、私よりもしっかり修行している高僧は沢山いる。そんな高僧の一人のエピソードを披露したい。私は、1959年にチベットから亡命しなくてはならなくなった。残った高僧の一人が長く中国に監禁され拷問を何十年受けていたが、ある時釈放され、私もその高僧に会う機会を得た。私はその高僧に「生命の危機を感じたことがあるか」と尋ねた。その高僧は、しばし沈黙の後、私に以下のように答えた。「つらい拷問を毎日受けていて、その中国の兵に対して怨みを感じそうになった。その時が私の宗教家としての最大の危機であった。そのような辛い状況にあっても、人に対して怨みや怒りの感情をもつことは望ましくないが、その経験が自分を見つめ直す機会となり、その後は平穏に過ごすことができた。」と答えた。その時、「この高僧に比べ自分はまだまだである」と感じ、あらためて仏陀の教えの深さを知った。
  5. 私も、時として「怒り」の感情を抱くことがある。怒りや困惑といった感情が修行によってなくなるわけではないようである。しかし、頭の中でその感情が長く残ることはない。一瞬で過ぎ去ってゆくという感覚である。固執しないことが大事である。どれだけ困難な状況におかれたとしても、苦しい状況にあっても、精神の平穏というものがあれば、現実を見つめ冷静な判断を行うことができる。精神の平静がなければ、判断を誤ることとなる。これは、政治の世界でもビジネスの世界でも、科学の世界でも同じである。科学に進歩があったとしても宗教は変わらない。どんな時代も、どんな人にも、貧富の差もなく苦難や辛さは訪れるものであり、その痛みから救われたい、あるいは幸せになりたいと願うのが人である。そして、それを助けるために宗教がある。仏陀の教えであっても、その他の宗教であっても、これはあらゆる宗教に共通することだ。科学の進歩によって、病気に対する治療が進歩し、宇宙に出かけることが出来、どんどん便利になったとしても、人間の営みがある限り人の苦しみは存在し、幸せになりたいと願う気持ちはなくならない。これは何千年たっても変わらない。だから宗教は必要とされる。
  6. しかし信心することだけでは、何も変わらない。何の助けにもならない。現実を見つめ、常に学び、日々の行動の中で、その学びを実践することが大事である。
  7. 日本の若者に、どうしても言っておきたいことがある。ぜひ英語を話せるようになりなさい。自分が考えていることを世界の人に伝えるには英語で話さなければ、対話ができない。世界の未来のために、英語で対話することが大事である。

皆さん、いかがですか?

私自身は、ダライ・ラマ法王と茂木健一郎氏の対談の中から、キャリアのことや人生のこと、今年何をすべきかなど、いろいろ考える上でのヒントを多く感じました。

自分に起こった不運を他人や社会のせいにしたりしている限り、その痛みからは救われません。信じるだけでも願うだけでも何も変わりません。
私はダライ・ラマ法王の講演を聞いて、自分の足るを知り、常に学び、現実をみつめ、冷静に判断し行動してゆくことが明日につながるのだとあらためて気づきました。そして幸福になるために努力していれば、何かに幸福を感じることが出来るようになる気がしてきました。

 

さて、話を戻します。

キャリアを考える上で、「やりがい」は重要な要素であることは言わずもがなです。自分が何に幸せを感じ、何をしたいと思っているのかを理解しておくことは、極めて重要な意味を持ちます。そして、多くの方が世の中の役に立つことや喜ばれることなど、社会とのかかわりやつながりにやりがいを感じることと思います。もちろん他人の痛みの上に成り立つ幸福を目指すような人も存在するのだろうとは思われますが、またそれが人間社会の現実なのかもしれませんが、それでもなお、多くの人は「人の役に立ちたい」と思っているであろうと楽観的に考えています。

おのずと、「社会の役に立つ仕事」や「皆から喜ばれる仕事」をキャリアのゴールあるいは目的とされる方が多いのですが、ここで、「それを実現することだけがやりがいであり、幸せなことなのか」という疑問が生じます。

私の答えは、「No」です。

もっと身近な「自分が幸せに感じること」を目標とし、そのための努力をすることでも十分社会とのつながりを感じ、幸せは感じることができるはずと思います。

何か目的や目標に向かって努力していてそれが達成できた喜びは、きっとその人以外の人々の喜びにもつながるでしょう。オリンピックやワールドカップ、ノーベル賞、あるいは受験合格、そして入社や転職でも、はたまた出産や育児でも、誰かが何か達成すればそれ以外の人の喜びにつながっています。ビジネスでも学問でも、あるいはスポーツでも研究でも、敢えて他人のために行動しなくても、自分の目標のために努力しそれが達成されることで、自然発生的に他人の幸福につながるということは多いはずです。

また、これは功利主義的に最大多数の最大幸福を主張するものではありませんし、利己主義的に他人の不幸の上に成り立つ幸福を容認するものでもありません。あくまでも、「他の人の幸福に自分の幸福が繋がっていることもある」という考えです。

「自分の幸せのための努力」という一見自分主体の利己的とも思える行動でも、実は社会に貢献し、経済にも影響を及ぼすということはたくさんあるように思います。冒頭で使った「自分経済」という言葉も、この意味においてもっと考えるべきことだと思い創作しました。

そして、前述のダライ・ラマ法王の話を持ち出したのは、この点をお伝えしたかったからです。これまで、宗教の話には特段触れてきませんでしたが、今回だけは、その本質的な考え方をお伝えしたいと思い、話題に取り上げました。当然、宗教そのものの話をしたかったわけではありません。2011年に皆さんがキャリアを発展し成功させるためにも、一人ひとりが、「自分にとって幸せなキャリアとは何か」、「何が辛くて、何が幸せなのか」など自分なりの答えを考えてみていただきたいと思います。

例えば、「もっと良い仕事に就きたいと思っている人」は、貴方にとってのもっと良い仕事とは何かを考えてください。「上を目指す」という人は、何が上なのかを考えてください。「経営者を目指す」という人は、なぜ経営者になりたいか考えてください。より根源的なところで、自分が何に幸せを感じ、何を得たいのかを理解しましょう。

そして、それを得るための目標を設定し、その達成に向かって努力することです。小さな達成でも大きな達成でもかまいません。どんなものでも、それを実現することは、この上ない幸せであり、貴方の周囲にも喜びを生むものと思います。

実は、かのジャック・ウェルチ(GEの元CEO)も同じようなことを言っています。苦境に立つ人からの「負け組になった人間はどうすればよいのか?」という問いに、そもそも勝利とは、経済的見地からだけで見るものではなく、「自分なりの目標を設定してそれを達成することであり、そこに行き着くまでの経験を楽しむこと」と答えています。そして、「企業の幹部として勝利をおさめることもできるが、大工としても、数学教師としても、バンドの歌手としても、同様に有意義な勝利を手にすることができるし、あるいは子どもや親の面倒を見たり、よき友人であったりすることでも勝利をつかむことができる。」と説いています。重要なのは、それがあなたの選んだ目標であり、夢であることだと。

今、何をするかしっかり現実を見つめて、学び続け、努力しているかどうかで、幸福か否かが変わってしまいます。今に不満をもち、未来に目的がなければ、過去にどれだけ幸福でも不幸だと感じるのでしょう。

今、何をすべきか分かっている人は何より幸福です。今辛くても未来の目的を持っている人も幸福です。家族や会社や仲間を支えることが辛くても、その中から喜びを感じることが出来る人は幸福を感じることができます。

ジャック・ウェルチの言葉もダライ・ラマ法王の言葉も、いずれも強い説得力がありますね。根拠がなくても、データを示されなくても、「自分の幸せのため、自分の勝利のためになすべきことをしっかりやっていく」という実にシンプルなことで、きっとこれから景気や社会は良くなると思えてくるから不思議なものです。

経営者やビジネスリーダーも、ダライ・ラマ法王のような説得力をもって企業をリードしてゆくべきなのでしょう。

そして、多くの人のキャリアに日々接する私たちキャリアコンサルタントは、人それぞれ多様な価値観があると認識し、常にその声に耳を傾け、その人なりのキャリア形成を支援したいと思っています。

次回の「展職市場の明日を読め」では、本稿の続編として、企業を発展させることができる、経営者やビジネスリーダーの資質について述べたいと思います。

参考サイト:

茂木健一郎 クオリア日記「ダライ・ラマ法王にお目にかかる」

The Office of His Holiness the Dalai Lama

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所

Message for You from H.H. the Dalai Lama
思いやりと個人 “COMPASSION AND THE INDIVIDUAL”「愛の必要性」

「愛の必要性」より抜粋
生まれてから3、4歳までの段階が、脳の発達に非常に大切な時期であり、この時期における身体的接触こそ、幼児の正常な成長に欠くことのできない最も大事な要素なのです。もし幼児が抱き上げられたり、ぎゅっと抱きしめられたり、愛されることがなければ、その成長は損なわれ、脳は正しく発達しないでしょう。