転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2015年1月~3月 
2015.01.08

アベノミクスの成長戦略の中で、人生を変えるには!!

2014年末の衆議院総選挙では自民党が圧勝し、解散総選挙そのものについての議論、自民党圧勝への警戒や批判と賛同や称賛など、総じて対立する意見が語られるようになりました。いずれにしても、第3次安倍政権は、今後4年間の時間資本を得て、様々な重要な決議で圧倒的な数的優位を行使することができるようになった事はとても大きなポイントだと思います。

そのような中、私達国民一人一人は、政府や政治に依存したり批判したりするのではなく、「自分にあった人生設計をしっかりと考え実行する」という覚悟が必要になった事だけは確かなようです。

では、現在の政策がもたらす労働市場への影響を冷静に考えてみたいと思います。政府のホームページでも分かりやすく書かれていますが、改めて以下に記載します。

アベノミクスが提唱している3つの矢は、「デフレからの脱却」と「富の拡大」を目指しています。

  1. 大胆な金融政策、金融政策の緩和で貨幣の流通量を増やしデフレマインド脱却
  2. 機動的な財政政策、10兆円の経済対策予算、政府自らが需要を創出
  3. 民間投資を喚起する成長戦略

1.2の矢は既に放たれ、いよいよこれからの4年間は、3の矢となる成長戦略の実行とその実効性が問われます。アベノミクスが掲げる「有効求人倍率を高水準(2014年9月時点1.09)を維持」という数値目標は成長戦略という割には消極的な目標と見えますが、すでに求人倍率はこの数年で増加しているので「維持する」ことも容易ではないかも知れません。非正規雇用が拡大し、正規雇用が減少することが想定されています。実際には今後はその中身が重要になって来ると思われます。

雇用対策を細かく見てみると、人材活用の強化を目指して、「女性が輝く日本!若者の舞台は世界へ、日本の中もグローバル、適した仕事を選べます」と謳っています。その中身については今までも議論がされているところです。しかしながら、以下の2つの点になると説明も薄く、内容がまだまだ伴っていない点は残念です。理想として概念だけ優先しただけのように思われます。

「正規・非正規の二極化を解消!個々人のライフスタイルに合わせて柔軟な働き方ができるようになります。」さらに、「時間が人を左右するのではなく、人が時間を左右する働き方へ!時間ではなく成果で評価される働き方をより多くの人が選べるようになります。一定の年収要件を満たし、高い能力・明確な職務範囲の労働者を対象に、労働時間と賃金のリンクを切り離した働き方ができる制度を創設します。」とあります。

労働に対する報酬を労働時間と切り離すことが果たして可能なのか、きっと人事や労働経済関係者であれば、それがいかに難しいことなのかお分かりかと思います。言葉からは、何か好ましい未来の働き方を示しているように見えますが、残念ながら政府の目論見が見えてきません。欧米の雇用慣行と異なる日本で、正規と非正規の問題や時間と切り離した働き方が意味するものをしっかり議論してから導入し、場合によって規制やガイドラインを作る必要がありそうです。雇用者数や有効求人倍率だけが大事なのではなく、その働き方や、幸福感、あるいは一人あたりのGDP、生産性が問われるべきです。

昨年末にトマ・ピケティの「21世紀の資本論」の日本語版が発売されました。彼をはじめ、日本の多くの経営者、知識人が述べているように、彼のr>g 理論は課題解決先進国や日本のこれからの原則に思えます。すなわち、長期的にみれば、資本収益率(r)は経済成長率(g)を上回るということです。トリクルダウンが起きない世界経済構造の中では、富裕層や大企業の利益が、貧困層、巷に落ちてこないことになります。

アベノミクスが掲げる成長戦略で進めて行こうとしている新規産業や雇用創出案については、大いに期待したいところです。農業、エネルギー、医薬医療等のヘルスケア、クールジャパンなどの領域で、新たな雇用が生まれることにも異論はありません。そのような領域に個人や企業が積極的に投資、経営、就職、あるいはパートタイムやアウトソーサーとして関わることにも賛成です。(水産関連の雇用について挙げられていないのは少し残念ですが)。

また、法人税引き下げやエネルギー・農業・医療分野の規制撤廃による外資参入歓迎を掲げています。反対意見も多いと思いますが、筆者は賛成です(水資源への外資参入だけは反対です)。水や食についての頑固なまでの安全は他国にない日本の宝だと思いますので、そこは譲れませんし、日本企業にとってはビジネスチャンスにもなると思います。

さて、アベノミクスの成長戦略の中で、キャリア、労働についてどのように考えれば良いか、私見を述べさせていただくことにします。部分的な視点になってしまいますが、その点、お許しください。

1)見える製品から、見えないサービスに
これは創業以来22年間、同じ事を申していますが、アベノミクスだからこそ再度記しておきます。見える製品を創る産業、すなわち製造業が日本経済全体に占める割合を見ると、企業数では10.5%、従業員数では18.8%、付加価値額では23.1%しかありません。しかもこれは大企業のみならず下請けの中小製造業も入れた数字になります。にもかかわらず、日本人は老いも若きも、物が見える製品に関わることが本当に好きな国民だと思います。逆に見えないサービスは賃金が高くても低くても好きな人はあまり多くありません。賃金が高いサービス業は投資銀行や金融業、商社、コンサル、IT業界で、低いサービス業は流通、小売、販売、ホテル、観光、食産業、コンテンツ業界、介護になります。製造業は賃金がある程度均一化されていますが、サービス業は賃金の格差がすさまじいことになっています。見える製品に関わる業界ではまだまだ人が多いので求人も少ないです。逆にサービス業は、賃金の高い低いにかかわらず、人手不足です。

日本の将来を考えれば、サービス業のプロフェッショナル経営者や、専門性をそなえたプロがそれぞれのサービス業で求められます。従って、大学、大学院あるいは高等教育機関や専門学校は、社会のニーズに合わせてモノづくりの高度化人材1割と、サービス業の人材9割を分けて教えて行く必要が生じています。漠然とした大卒は不要となって既に久しいです。実際にアクシアムが受託する、モノづくり産業とサービス産業の求人比は、1:9ぐらいが続いています。あえて人が余っているところでキャリアを続ける事を選ぶのか、人が不足しているところでキャリアを新しく開拓するのか、選ばなくてはなりません。

2)地方のキャリア
グローバル経済を狙う企業の雇用と、ローカル経済を担う企業の雇用は全く別物としてとらえる必要があります。大企業は今まで以上にグローバル競争に挑み、その下請け企業ですらグローバル競争に巻き込まれていくでしょう。一方で、ローカル企業はグローバル化に全く関係のない会社が多数あります。上場企業は4,000社弱、それにくらべて、地方の企業はまともな会社だけでも、20万社とも30万社とも言われており、この中には経営の合理化や近代化、IT化、資本活用、経営人材などの登用が進んでいない会社がまだまだあります。

地方で一番の会社が、東京に本社を移す事なく日本一となり、さらに東京をスルーして海外市場に進出するようなケースもみられます。これはローカル企業のグローバル化というケースなのかもしれませんが、それは一部のオーナー企業が先駆的な場合であって、日本の20万社、30万社の株主、経営者のマインドはまだまだそうなっていません。この先ひどい場合には、賃金は低いままであり、中小零細経営のジレンマから脱却できず、他社との合併の道を選ばず、不幸にも倒産を迎えてしまう会社も出てくるでしょう。

地方の企業の平均賃金は現在700万円弱ですが、それが1,000万円になれば日本経済は活性化すると思います。地方の経営者、社員は今一度、どうすれば平均賃金を1,000万円に上げられるのか、生産性を上げるには、どうすればいいか考えてみてはいかがでしょうか?以前から地方の会社の役員は、親族以外は900万円から1,200万円程度が当たり前だと言われています。それは当たり前で変えられないのでしょうか?変えてはいけないのでしょうか?その価格を高くすることはできるのでしょうか?大企業がいろいろなタブーに挑戦して人事改革を血をみながら進めてきました。これからは地方企業においても自ら改革が求められているように思います。また周知のとおり人手不足が地方を襲っています。都会から逆に地方に行くには、募集マーケットの35歳までだけではなく、35歳以上の流動を支える私達人材紹介業の役割が高まっています。

3)イノベーション、グローバル、そしてMBA
アクシアムはMBA保有者のキャリア開発支援を通じて、数多くのMBA求人企業様から高い評価をいただいてきました。アベノミクスの今後の4年間で、海外MBA数の減少が増加に転じて欲しいと思います。MBAや高度経営人材のニーズは間違いなく、さらに高まります。グローバル人材ニーズは今後、外資のみならず、日系大手、ベンチャー、そしてそこに地方企業のニーズが追加されていきます。

またイノベーション人材についても、ベンチャーブームに上下があるかもしれませんが、2000年ごろからベンチャーについては底堅い部分があります。ブームが去ったとしても大企業に人気が振り戻されるようなことはもうありません。ベンチャーといっても、今後は働き方の多様化の一環になってきました。すなわち、たった一人で起業することや、インディベンデントコントラクターとよばれる非正規ながらも高報酬で働くタイプの働き方が増えてくるものと思われます。また仲間と起業して小規模ながら特徴のある会社づくりも可能性が高くなっています。この形態は外部資本を使うことなく自己資本で継続的プランを描き進めることが可能です。これらはIT、インターネットが多いに貢献している領域です。

さらに外部資本を使う研究開発型や世界市場を狙った次世代産業創出に挑戦するベンチャー、起業家群も出てきました。イノベーション人材の議論と少し趣旨が異なりますが、女性の進出分野としては、このベンチャー系キャリアの選択をお勧めします。女性の起業家、マイクロビジネスをスタートすることが昔よりも容易になり、女性起業家の数も増加し、先輩も数多くいるようになりました。

イノベーションの世界に男女や国籍は関係ありません。ただ年齢は現実問題として大きいと思います。50歳以上で大きなリスクを負って未経験分野に挑戦するために老後の資産を投下することだけは「慎重に検討した上で」とご助言しておきたいと思います。個人的には58歳から小学校の先生を辞めて昆虫記を30年書き上げて、化学品会社を起業したようなファーブルを尊敬しますし、そのような生き方が日本でも増えて欲しいと願いますが、日本の年配者の向こう見ずなところや単に思いつきで起業するようでは、ファーブルのような幸せな人生は送れないと思います。

4)定年崩壊
定年制度という縛られた考え方から脱却したキャリアの考えが求められる時代になりました。会社が定年を定めるのか、個人が自主的に人生設計を定め、人生のタイムラインを決めるのか、定年退職金に対する税制についても将来議論される可能性も出てきました。これまでは課税対象にしないことから定年退職金積立に大きな意味がありました。しかし定年まで勤務することと、経営を目指すリスクのあるキャリアとは相反します。低い賃金で定年まで勤めても無税の退職金が大きければ、社員のロイヤリティも高く維持できるところですが、中小、零細、地方企業、外資系企業、プロフェッショナルな組織では、退職金に期待する人は多くはありません。雇用形態の多様化は、きっと定年制度、退職金に関する税制に議論が及ぶものと思われます。大企業でもすでに退職金の前倒し支給制度が始まっていますが、国の税制も考えるべき時がきているのかもしれません。

定年制度、ロイヤリティ、退職金非課税の3つはリンクしています。個人的には日本人の会社へのロイヤリティの高さについては疑っています。昔は高く、今が低いと言う事はないと思います。定年制度についてもすでに形骸化し始めています。極端な話ですが、退職金非課税制度がなくなれば、人材の流動はおのずと加速すると思います。年金の問題や皆保険の影に隠れて、余り議論されていなかった聖域がまだ残っています。退職金積み立てを廃止して、現在の報酬に厚みを持たせているベンチャー企業のほうが優秀な若者が集まっています。国としても所得税で徴収できるわけですから、プラスこそあれ、マイナスはありません。退職金のない会社が増えたほうが国としての税収入が増加することになります。

5)採用基準、報酬の変化
グローバルで活躍できる人とそうでない人との採用基準、報酬も全く異なります。国際競争のためには、国籍を問わず、国際競争力に照らして、賃金もグローバルマーケットに合わせて採用することがすでに求められています。サイエンティストやエンジニア、マネジメント人材等の流動と賃金の上昇は一体化しているような感覚です。スカウトされる人材となるかどうか、スキルセットの明解化が今後のキャリア開発の課題になります。経済格差はチャンスの格差ということにもなりますが、私達が大事に守らなければならないのは、チャンスの格差があっても公平さを失ってはならないということだと思います。経済的格差が生じても、お金だけで豊かさを競うことをやめないと、不幸が蔓延するだけだと思います。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)