転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2015年7月~9月 
2015.07.02

求人が多いときの落とし穴

前回のコラムでもお伝えしましたが、求人市場は活況が続いています。まだまだ企業側の求人意欲は旺盛です。そのような市況の影響か、今まで転職を考えていなかった人まで市場に出てくるようになりました。私はどちらかといえば楽観主義者に属していると思うのですが、それでもこの活況がいつピークアウトするのかと、密かに心配になるほどです。

今回は、求人案件が多い市場での転職活動、キャリア選択の注意点について述べたいと思います。すでに転職経験をお持ちの方、初めて転職を考えている方の双方に当てはまることをハイライトしてお伝えするつもりです。実際にキャリア選択の場で起きている事例、見落とされがちなポイントをご紹介しますので、ぜひ心に留めておいてください。
●「やりたいことをやれ」という言葉の魔法
「自分がやりたいことに挑戦しろ、人生は一回だ」という助言の魔術にかかる方が増えています。好景気時には転職成功者の話が大げさに喧伝されるもの。言葉は悪いですが、現職が自分に合っていないと不満に思っている方は、この魔法の言葉に簡単に乗っかってしまうのです。転職後に本当に成功するためには「やりたい」だけではまったく不足しています。「やりたい」なら「やれる」ように能力をつけること。能力をアップさせコツコツ実績を積むことに本気で取り組まなければ、成功には至りません。不景気時にはこのような「やりたい」だけの人は採用されません。しかし好景気時には企業側の採用ラインが下がりがちなために、「やれる」についてのチェックが甘くなり、なまじ優秀な方の場合は採用されてしまいます。このような転職は入社後、「やりたい」ことを「やり遂げる能力に欠けていた」との評価を下され、解雇に至ってしまうこともあるのです。
「やりたいことに挑戦しろ」という魔法の言葉の害は、まだあります。自分の気持ちの誤認を誘発することです。「やりたい仕事だ」と思っていたにもかかわらず、転職後、それは家族や金銭や身分やプライドに劣るレベルの希望にすぎなかった…と気づく方がじつは少なくありません。いわば偽物の「やりたい」に振り回され、自ら転職を繰り返し、自分探しをしてしまうのです。こんな誤認ほど不幸なことはないでしょう。何があっても苦難や努力を続けられるのが、本当に「やりたい」ことの正体です。「やりたい」は「楽しい」と単純なイコールではないと私は思います。「やりたい」ことは、そのほとんどの道のりが苦しい。その苦しさを乗り越えて何事かをやり遂げられたとき、苦労の末に幸運にも成功したとき、初めて「自分は運がいい。チャレンジして本当に良かった」と楽しさを味わえるのだと思います。
●「ぜひやってほしい」の吟味を
企業側は「ぜひ採用したい」「一緒にやろう」と言ってくれます。健康で、先方が望む強みを持ちわせ、展望が合致していればそのように言ってくれます。しかし本当に立派な経営者なら、採用時には必ず入社後のキャリアについてのリスクを伝えてくれるもの。そのリスクや覚悟してほしい点を説明しながらも、ぜひその困難を乗り越えてほしいと切望してくれます。このような入社後のリスク開示は、好況下には影を潜めてしまいます。どうしても甘い言葉の採用通知が多くなってしまい、正直な説明をする採用者には分が悪くなるためです。「ぜひやってほしい」というのであればその真意やリスクについて教えてほしい、そう勇気を出して聞いてみましょう。自分が大切にしているものを転職後も新たな場所で守れるのか、貫きたい価値観を曲げなくても済むのか。勇気をもってオファー面談で確認してみましょう。
●年収アップや友人の成功が障害に
好景気時には、現職の年収よりオファー年収が上がることが多くなります。10~20%のアップも期待できます。しかし、一部には下がることがスタンダードのケースも存在します。金融やコンサルティングなどのプロフェショナルファームから事業会社に転職する場合は、役員クラスでない限り(管理職、マネージャークラスなどは)下がるのが通常です。転職によって年収アップ=キャリアアップするのが普通と思い込んではいないでしょうか? 転職を年収だけで検討している方は、結果的に求人案件の条件を高望みしてしまい、インタビューに進めず、好景気を横目で見ながら年齢だけを重ねてしまいがちです。同世代の知人が素晴らしい転職をすると、その周囲には「自分も彼(彼女)を負かせるほど格好いい転職をしてやろう」「彼(彼女)よりも上をいく転職をしたい」という願望が働きます。しかし、そんな願望は現実的ではありません。知人とあなたは違うのです。転職成功者の周りには、願望にまみれた失敗予備軍が残念ながら散見されます。
上記のような潜在的嫉妬にも似た願望を抱く方によく見られる行動は、高タイトル・好条件に釣られて目が眩んでしまい、それらしい案件のスカウトが来るとすぐに飛びついてしまうこと。実際にこの一年、そのようなパターンを数多く見聞きしてきました。海外支社長のタイトルに惹かれて転職したが、入社後半年もしないうちに海外展開が中止になり国内営業の業務に移動、年収が半分近くまで減額された。企業再生のために経営人として参加してほしいと言われ高報酬で役員(社員ではない)になったが、任期途中で突然社長から解雇された。企業側にはじつは自分よりも採用したかった候補者がおり、後でその彼が入社したのでポストを奪われてしまった。外資系企業に副社長として転職し大幅に年収アップしたが、自分を採用してくれた社長(前職での先輩)が入社時にすでに退職していたので、後任の社長からは露骨に不要だといわれ結果的に解雇されてしまった、等々。枚挙に暇がありません。
さらに典型的なのは「同期の友人が30代ながら上場企業の執行役員として転職した。外資系の支社長ポストなので、自分の転職先も執行役員クラスが妥当のはずだ。それ未満ではおかしい」と思い込んでしまうケースです。こうして様々に広がるはずのキャリアチャンスを逃し、時間が過ぎていく方が多くなっています。好景気らしいパターンです。自分にとって良い機会が友人にとって良い機会になるとは限りません。逆もまた然り。友人への不要な競争心は、キャリア開発の障害以外の何物でもありません。
以上、好景気時に多く見られる残念な例を挙げさせていただきましたが、このような形で転職するのは本当にもったいないことです。いうまでもありませんが、好況下で転職に成功している人は数多くおられます。落とし穴に落ちてしまう人との違いはどこにあるのでしょうか? そのヒントを成功者の声の形で、最後にお伝えしていきます。

「MBAを取得して、やりたいと願っていた海外勤務、外資系本社での採用が叶いました。しかも日本人として初採用。苦労して留学した甲斐がありました。インターンシップ、フルタイム…何百回、応募とインタビューを繰り返したかわかりません。数多くのNGとオファーをもらいました。断られたり、断ったり。そのたびに自分と向き合い、キャリアについて考えました。その結果として留学前に考えていた以上の機会に恵まれました」

「数年に一度のバイサイドファンドの募集にMBA卒業時期が合致しました。運がいいと思います。コンサルティングファームや投資銀行から数多くオファーをいただき、それらの回答期限がありましたが、バイサイドファンドのインタビューが続いていたのですべて断りました。卒業間際まで本命のオファーを待ち、排水の陣でこの機会にかけた甲斐がありました」
「40代で事業会社の執行役員候補として迎えられることになりました。ここ数年、なかなか思った機会がなく半ばあきらめていたのですが、スカウトをもらうことが多くなってきたため、自分の価値観やキャリア展望を整理して吟味。サーチファームから助言をもらいつつ本格的に情報収集を行い、チャンスを掴みました。本気になって活動して正解でした」
「外資系投資銀行で高い報酬を得ていましたが、グローバルに展開しようという日本企業を見て、事業会社への転職を考えていました。キャリアコンサルタントからベンチャーを提案され、それまで考えていなかった日本のベンチャー企業でのキャリアが具体的にイメージできました。年収を下げてでもやってみたい機会に巡り合うことができたと思います。現在の年収3,000万円を半額にしないといけないと覚悟し、実際、インタビュー開始時は最大でも1,400万円位だろうと人事部から言われていました。ですが最終的には、創業社長から期待以上の2,000万円の提案を受けることができ、快諾。当初予定していなかった新しい期待役割も任されることになり、年収が高い分のリスクや困難さも説明いただきました。期待に沿わなければ年収が下がることもあると真摯にお話くださり、かえってやる気になりました。ちなみにストックオプションはさらに別支給です」
「戦略コンサルティング会社に勤めていましたが、ある外資系企業からオファーをもらいました。しかし入社時期がコンサルティング・プロジェクトの期間中で退職ができないため、お断りしました。するとその外資系企業から、特別に入社時期を半年遅らせてでも採用したいとおしゃっていただけました。高く評価いただけたことが良く理解でき、決心がつきました」
「投資銀行のアナリスト、戦略コンサルティングファームのアソシエイトをそれぞれ3年ずつ経験。今回、ベンチャーキャピタルの機会に恵まれ転職しました。投資支援先の起業家も自分と同じぐらいの年齢層で、これから一緒に産業を生み出していけるという気概があります。同僚達よりは、年収は下がりました。ましてケースマネージャーにプロモートした同僚に比べれば年収は半額です。でもそんなことはまったく関係がありません」

いかがですか? 自らの未来への機会に出会うためには、自発的に情報を取りにいく。募集情報だけに頼らず、さらに来るものだけに限らず情報収集を行う。サーチファームやキャリアコンサルタントの助言やサポートもうまく活用しながら、自分の機会を自発的に探し出す。そんな姿勢が成功者にみられる共通点といえるのではないでしょうか。求人が多いという世相に流されて、転々と職を変えざるを得ない状況に自らの選択を誤られることのないよう、流転されることのないよう願っています。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)