イベントキャリアフォーラム

経営共創基盤CEO 冨山和彦氏が語る「ビッグチャンス~追い風の今、私たちがやるべきこと~」2014.11.27

2014年11月11日に、アクシアム・キャリアフォーラム「ビッグ・チャンス~追い風の今、私たちがやるべきこと~」を開催いたしました。第一部では、株式会社経営共創基盤 代表取締役CEO冨山和彦氏による基調講演、第二部では冨山氏と経営共創基盤のプリンシパル安井元康氏とのパネルディスカッションを行いました。

株式会社 経営共創基盤 代表取締役CEO 冨山和彦氏

第一部 基調講演

不確実性の時代

「ビッグチャンス~追い風の今、私たちがやるべきこと~」開催Report今日はキャリアの話を軸にお話しさせていただきます。キャリアを考える上では、やはり世の中がどうなっているのか、ということも大切ですので、まずは私自身が世の中をどう見ているのか、という話を簡単にしておきたいと思います。

結論から言うと、日本も世界も不確実性が高くなることは間違いありません。思い起こせば、今からおよそ25年前にバブル崩壊があり、その後、アジア通貨危機、ロシア通貨危機、ITバブル崩壊、リーマンショック、欧州の債券危機…など5年に1度くらい、世界は大きな経済危機に襲われています。また、昨今は強烈に強い国が無くなっています。そうした「均衡の平和」の時代は、地政学的にもあやういと言われており、不安定な要素が増えています。グローバリゼーションがもたらした負の側面が、今回のエボラ出血熱のような問題です。50年100年前であれば、西アフリカとの人的交流はほとんどなかったため、何の問題もなかったはずですが、グローバリゼーションによって、ごく一地域でおきたできごとも、瞬時に世界中に伝播するようになりました。このように様々な面で不確実性が増しています。

私は20年前にソフトバンクモバイルの前身、デジタルツーカーグル―プの創業メンバーでした。当時、「携帯電話が売れるだろうから、端末を製造している富士通やNECの株が上がるはずだ」と、考えていました。しかし、現実は違いました。なにが起きたかというと、「スマイルカーブ現象」です。儲かったのは、川上のICチップというキラーコンポーネントを供給しているインテルやクアルコムと、川下の顧客の目に触れるところにあるGoogleやAppleなどのプラットフォーマーであり、その中間にあって端末を製造、供給しているメーカーは両者の奴隷のようになってしまったのです。こうした変化というものはなかなか予想がつきません。

スーパージェッターが世界を変える!?

とは言うものの、私自身は、インターネット絡みのラディカルイノベーションは一段落したのではないかと見ています。今、注目しているのはAI(人工知能)です。AIの普及により産業構造が変わる可能性もある。そう聞いて「これからはロボットが売れるのかな?」と思うのは、20年前の私と同じ発想です。注目すべきところは別の部分にあります。

たとえば、コマツという世界第二位の建機メーカーがあります。規模としては世界第一位のキャタピラー社の半分弱なのですが、コマツの方が高収益です。なぜか。コマツは圧倒的に無人のオペレーションを行っているからです。コマツは建機メーカーというより、建機を無人で動かすサービス会社、プラットフォーマーとなっているのです。しかも、大型建機に強い、コムトラックスというGPS制御システムを持っているなど、コアコンポーネントも有しています。

このように建機で起きていることが、自動車で起きないとは限りません。1960年代に「スーパージェッタ―」というアニメがありました。主人公が「流星号、応答せよ」と呼び出すと無人運転、自動制御で動く「流星号」という乗り物がやってきて、希望の場所に連れて行ってくれるのです。AIの普及により、「流星号」のような自動制御の乗り物が実現したら、このプラットフォームを握った企業に自動車メーカーが搾取される、といった構造変化が起きる可能性もあります。そうなった時、どこが勝者になるのかは誰にも分かりません。

Apple の復活もジョブズの復活も誰1人信じていなかった

どうなるかは誰にも分からない、というのは我々のいる業界も同じです。私は35年前に就職しました。学生時代に司法試験に合格していたのですが、私は天邪鬼だったので、ボストン・コンサルティング・グループに入社しました。当時、東大生の人気金融企業ランキング1位は日本興業銀行、都銀では三菱銀行、サービス業系では日本航空が1位でした。 その頃はコンサルティング会社という存在自体、ほとんど知られておらず、唯一知名度があったのはマッキンゼーだけでした。そのマッキンゼーでさえ、チョコレートの会社と間違えられていました。今では押しも押されぬ人気企業になっているわけですが、かつては1位だった興銀という名前は消え、日航は破たんした、と考えると、ひょっとするとコンサルティング業界も将来は危ないかもしれない…ですよね。

私自身、未来を予想することに、全く自信がありません。私がMBA留学していた1990~92年の頃、アップルの株価は2ドルを切っていました。スティーブ・ジョブズは暇を持て余していたのか、スタンフォード大学をうろうろしていて、その時に出会ったのが私の一学年上にいたロレイン夫人でした。当時、彼女の周囲の人はみんなジョブズとの結婚を不安視していました。ジョブズは事実上失業者のようなもので、Appleを売却した資金をピクサーとネクストコンピュータに投資していたのですが、当時のピクサーはお金を使うばかりでちっともいい映画が出てこない、ネクストコンピュータはワークステーション並の高性能PCとして売り出していたものの価格が高すぎて売れない、という散々な状態でした。ジョブズが離れた後のAppleも、マイクロソフトに押されて苦戦しており、その時代にAppleの復活もジョブズの復活も信じている人は誰1人いなかったのではないかと思います。あの時にAppleの株を買っていれば、私は今頃引退しているかもしれません(笑)。

幸福の尺度は自分で決める

「ビッグチャンス~追い風の今、私たちがやるべきこと~」開催Reportでは、この不確実性の時代をどう生きればいいのか?私自身の個人的な世界観を述べますと、「成功の尺度、幸福の尺度は自分で決めろ」ということです。私には、同期で投資銀行に就職した仲間、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)に入社した仲間、大企業に就職した仲間…など、いろんな仲間がいます。もうすぐ55歳となるのですが、この年齢になると、いわゆる俗世間的に言うところの「勝ち負け」が決まってきます。サラリーマンの場合は、半沢直樹ばりに「子会社に出向」となっている人もいますが、幸せそうな人もいるし、大企業で重役に登りつめても不幸せな人はいます。いったいどこにその境目があるのかというと、「自分の尺度を自分で持ち、心の声に正直に生きてきた人が幸せになる」ということなんです。

なにか自分の外に尺度があって、世間体がいいから、とか、成功本や雑誌に書いてあるから、といったことに縛られているとしんどくなります。というのも、そうした自分の外側にある尺度というのは変わる可能性があるからです。私が就職した当時はBCGなど全く知名度のない会社でした。ですが、当時の私は天邪鬼だったところもあり、自分の尺度でBCGを選びました。1年後に独立しコーポレートディレクション(CDI)を作ったのも、自分の尺度で意思決定したことでした。といっても、自分の競争力に自信があった、というわけではありません。24、5歳で自分の競争力など分かりませんし、会社を作って成功するという確信も持てませんでした。それでも起業する選択をしたのは、当時、「会社をつくる」ということは今ほど簡単ではなかったので、「『会社を作る』という一生に一度しかできそうにないような経験をするのも面白いかも」という動機からでした。産業再生機構のCOOに就任する時も、日本航空の再生を引き受ける時も、成功させる仮説はもっていましたが、現実の勝算は全くありませんでした。ただ、私の尺度に従って決めた、ということだったのです。

では、何を尺度にすればいいのか?ということですが、あくまでも主観的に「自分がどんな状況にいたいのか、自分はどんな課題をクリアしたら気持ちがいいと思うのか」、それが私にとっての基本尺度です。その一方で、社会の中で自分が持てる能力を適材適所で発揮させるためには、自分自身の能力、適性、潜在的資質を社会の中にどう位置付けるか、という客観的な尺度も必要です。この主観と2つの尺度、軸が交差するところで仕事を選ぶと「気分よく」仕事ができるのではないでしょうか

もちろん、お金の問題は大切です。ですが、ある意味お金の問題は、外からの自分に対する評価、自分の過去の実績に対する評価、自分のスキルに対する市場価値により決まるものであり、この部分は運もあるように思います。というのは、市場価値があるかどうかはそのスキルに対する需要と供給で決まってくるものだからです。

私自身は、自分のキャリアについて、「どれだけの市場価値を持つのか」ということを意識して仕事をしたことはありません。ただ与えられたテーマに対してその瞬間瞬間に全身全霊でみっともない位がんばってやってきた結果、ついてきた力が評価をいただいた、ということだったのだと思います。

想定最高年収の7掛けの仕事をする

自分の市場価値を自分で決めることはできませんが、お金、報酬に対して、自分なりの尺度を持つことは大切です。私は自分が主観として「気分がいい」といった軸と、客観的に自分が持っている能力、資質といった軸を掛け合わせたところではじき出される想定最高年収の7掛け以下の報酬仕事をする、ということを、お金に対する尺度として持っています。たとえば、自分の想定最大年収が2000万円だったら、1400万円の仕事をするというわけです。とにかく想定最大年収を超えた仕事をすることを私は徹底的に回避するようにしてきました。

なぜ7掛けにするのかというと、3割分ほど貸しを作っておいたほうが、仕事がやりやすいからです。想定最大年収を超えた仕事をすると、「自分の好きな仕事をする」ことを犠牲にすることになります。産業再生機構の時、私はかなり勝手にやらせていただき、政府に対しても強気に出ることができました。それができたのは、当時の私のマーケットプライスの3分の1の値段でやっていたからです。「伊達や酔狂でやってるんですから」ということでないと、あのような仕事は成功しません。お金ではなく、信念でやっているということでないと物事は動かないのです。

「ビッグチャンス~追い風の今、私たちがやるべきこと~」開催Report

株式会社 経営共創基盤 代表取締役CEO 冨山和彦氏
株式会社 経営共創基盤 プリンシパル 安井元康氏
モデレーター アクシアム 渡邊光章

第二部 パネルディスカッション

アクシアム渡邊:ここからは、冨山さんと経営共創基盤のプリンシパル安井元康氏とのパネルディスカッションに移りたいと思います。安井さんはケンブリッジ大のMBAを出られた後、経営共創基盤に入社され、7年目でプリンシパルになられました。36歳という若さですが経営のことをとてもよくご存知な方です。まずは安井さんに簡単に自己紹介をお願いいたします。

「ビッグチャンス~追い風の今、私たちがやるべきこと~」開催Report安井元康氏(以下、安井氏):
経営共創基盤の安井元康です。よろしくお願いいたします。私は冨山とはだいぶ異なった経歴を持っています。都立高校から東大ではなく、中堅私立大に進学。新卒で、ITバブルがはじけた後のITベンチャーに就職。翌年また別のベンチャー企業へ移り、そこでIPO実務担当者として会社を上場させる経験をし、26歳で財務担当の役員にまでなりました。その後、ケンブリッジ大学のMBAに行き、卒業後、できて4か月目の経営共創基盤に入社し、現在7年目です。冨山とはだいぶ異なる道を歩んで来ましたが、私自身も先ほど冨山が話していた「自分の尺度を持ち、他人の価値観に惑わされないようにすることが大切」という考え方でキャリアを築いてきましたので、根本的なところは非常に近いと感じました。

冨山さんから、不確実性の時代、自分の尺度を持つことが大切、というお話をいただきましたが、キャリア相談に応じていると、30代でもまだまだ自分の尺度、軸をもっていない、という人が多いように感じます。どうすれば自分の尺度、軸を持てるでしょうか?

安井:
自分の軸が無い人、というのは意外にMBA卒業生に多いのかもしれません。何年かおきに、MBA卒業生はその時々のバブルのど真ん中に飛び込んでしまうようなことが起こります。どんなに勉強をしてきた人も自分の軸が無い人は、そうしたバブルの度に自分を高く買ってくれるところに飛び込み、バブルが過ぎ去ると、あまり良い経験が出来なかっただけでなく、何をしたいのかが分からなくなる、ということを繰り返してしまうように思います。

とかく高い給与を提示されると、それが自分の労働市場における価値だと勘違いしてしまうことがあります。時にはMBAバブルの波に乗ってもいいのですが、常に労働市場の動きにアンテナを立てておき、その中における自分の位置を冷静に見極める目を持つことも重要だと思います。

私自身のキャリアに対する価値観としては、第一に「自分をストレッチできる環境かどうか」というところにあります。常に自分の成長の場を求めていく、というのが私の基本的なスタンスです。

冨山:
自分の尺度、軸を見つける際、消去法の考え方と加点法の考え方があると思います。

消去法では「自分が絶対に嫌なシチュエーション」について考えます。私の場合は運動部だったせいか、「体育会的な組織の後輩の立場になるのは嫌」というのがありました。理不尽、不合理なことも受け入れなければいけないような体育会的な組織は体質的に無理だと感じていました。

加点法では「自分が何をすれば気分がいいか」ということを考えます。これはある程度やってみないと分かりませんが、私自身、様々な仕事をする中で、つらくても頑張れる仕事や負け戦になっても充実感を感じる仕事とそうでない仕事があることが分かってきました。自分が深い快感を得られる仕事とはなにかがわかってきて、「これが天から与えられた仕事なのかもしれない」ということが見えてきたんですね。ですが、その天職を探そうと青い鳥探しをしてもダメです。天職は目の前の仕事に死ぬ気で取り組まないと見えてこないものだからです。

日本は1人あたりGDPが現在24位と大幅に下がってきています。勝者敗者もいつ入れ替わるか分からないようなこの不確実性の時代、自分自身のキャリアを考える上で、このまま今の会社に残るか、会社を出るか、その見極めはどうすればいいでしょうか。

冨山:
私は日本中で一番「ダメになる会社」について知っています。「ダメになる会社」は一言で言うと「捨てられない会社」です。軸が無く、選べないから捨てられないわけです。

「ビッグチャンス~追い風の今、私たちがやるべきこと~」開催Report

自分自身のキャリアを考えるときも同じことが言えると思います。30代半ばまでは、成長期ですし、選択肢を増やす方向で進むのがいいと思うのですが、35歳過ぎたあたりからは、自分が本当にやりたいことをやるために、他の選択肢を捨てることが重要になってきます。そのことは、人生を自分の尺度で選ぶ上でも大切ですし、結果として社会的にも適材適所に就くことにつながります。 結局、何かを得るには何かを捨てるしかない。トレードオフですので、捨てる力というのはとても大事です。一般的に、日本人は捨てることが得意ではありません。ものづくりの言葉で「すりあわせ」という言葉がありますが、これは、あれもこれも、という発想です。あれとこれの折り合いをつけ、どちらも捨てないのです。しかし、人生や経営戦略の問題の中には絶対にすりあわせできないものがあります。特に企業再生においては、何かを切り捨てないと再生はあり得ません。「捨てる」意思決定は人生においても経営においても一番大事な意思決定なのです。

安井:
今のキャリアをどう考えるかという時に大事な視点としては、今やっている仕事を通して身につくスキルが環境を変えた際にも横展開できるスキルなのか、固有の会社内だけにしか通用しないスキルなのか、という点です。今の会社にいて身につくスキルが他社にいっても通用するスキルなのであれば、もう少しその会社にいてもいいのかな、と思います。ただ、その会社固有のスキルしか学べないということになると危険サインだと思います。

また、「ダメになる会社」についてですが、個人のキャリアという意味では、学ぶものが全くないとも言えない気がします。経営が傾いた会社ではしばしば子会社を次々と売却することがありますが、私の知人は自ら手を挙げて、その担当となり、子会社売却プロセスを経験し、その後同様の業務を支援するような会社に転職しました。ですので、どんな会社にいるかよりもその会社でどんなチャンスをつかむかが大切なのではないかと思います。

ところで、冨山さんはご著書でも「日本はローカル経済から蘇る」とおっしゃっていますが、アクシアムにも最近、地方からのオファーが増えておりまして、東京のど真ん中にいるよりも地方からの方が面白い仕事のチャンスがあるのではないかと感じているところなのですが、その点はいかがですか?

冨山:
私が地方の可能性を感じたのは、産業再生機構をやっていた時でした。実は産業再生機構で手がけた案件の4分の3は地方の旅館などローカル案件。やってみて分かったのは、難しさの性質が違う、ということです。グローバル企業、大企業で通用するスキルと、ローカル企業で通用するスキルは違うのです。それはどちらが上か下かということではなく、性質が違うのです。そのことは地方の仕事をするうち私自身随分教えられました。

弊社はバス会社に投資をして、東北地方を中心にバス会社5社の経営をやっています。頼まれて出資するうち、気づくとバス会社5社で2000台のバスを所有する日本で3番目に大きいバス会社になっていたわけなのですが、実はどの会社も堅調です。なぜかというと、各社に経営のできる優秀な人材を張り付けているからです。彼らを送りこむと経営は改善され、賃金も上げることができましたし、新しいノンステップバスを導入することもでき、会社の評判も良くなりました。彼らは今や潰れかけたバス会社を再建し地域に貢献するローカルヒーローです。そしてグローバル企業で数字をあれこれいじくるような抽象的な仕事をしている時よりもはるかにリアルな手ごたえを感じることができているように思います。

今、日本人の8割の人が働くローカル経済圏では、人手不足です。というのも、東京のグローバル企業に優秀で能力の高い人材が必要以上に集まりすぎてしまったからです。ローカル経済圏では、ここに集まるみなさんのような人たちにとって、場さえ与えられれば、人生で2度も3度も無いような、非常にエキサイティングで面白い経験を得ることができる、ということは確かです。

今、日本のGDPが低いといわれているのも、実はこうしたローカル経済圏の経営の質があまりにも低いことで引き起こされているものです。こうした問題は、卸、物流、医療、介護、旅館、観光業あと農業分野などでも起きていて、そこには、みなさんにとって、非常に大きなチャンスがあるともいえます。

安井:
地方といえば、今はITベンチャー系でもローカルに目を付けている人が増えています。福岡は例えば東京のIT系ベンチャーの下請けとなる企業等が集まって盛り上がっているということで知られていますが、実は今、札幌なんかも盛り上がってきています。やはり地方はインフラコストが圧倒的に安いので、ローカル経済圏に加わるというよりは、ある意味、東京を経由する必要がなく、「最初からグローバル」という企業にとっても、ローカルの良さが見直されている、と言えるのではないかと思います。

話は変わりますが、冨山さんは、ご著書に「ラディカルイノベーションの時代は終わった。これからはチームの力だ」といったことをお書きになっていたのですが、日本ではゼロからイチを生み出す、アントレプレナー、ラディカルベンチャーは生まれない、とお考えでしょうか。

「ビッグチャンス~追い風の今、私たちがやるべきこと~」開催Report冨山:
これは確率論の問題だと思っています。確率論的に言うと、フォード、グーグル、アップルなど日本よりアメリカの方が圧倒的にゼロイチ系のベンチャーが生まれやすいのは確かです。というのは、アメリカという国が非常に特殊だからです。アメリカは世界中から集まった移民の国。「故郷を捨て一旗揚げよう」という気持ちで未開の地に乗り込んできたような人たちばかりが集まった国なのです。ですので、「日本では絶対にラディカルイノベーションが起きない」というわけではありませんが、確率論的には低いため、政策的に推し進めるのは得策ではないのでは、と考えています。

ただ、先述したコマツが成功したような既存事業の延長線上にイノベーションが起こるようなモデルはおおいに期待できるように思います。コマツが成功した背景には、無人制御機能やGPSシステムなど既存事業の枠内からは出てきにくい技術を持つロシア、アメリカ等のベンチャーを買収し、その技術をうまく取り入れているということがあります。自前主義にこだわらず、他社のいいものを積極的にとりいれてイノベーションを起こしたコマツのモデルこそ、日本企業が目指すべき成功モデルではないかと感じています。

ここからはQ&Aコーナーに移りたいと思います。ご質問のある方、どうぞ。

「捨てられる経営者と捨てられない経営者」との違いは?

冨山:
特に大企業の場合、「捨てる意思決定」というものは「非情な意思決定」になります。たとえば、長年、製造業でやってきた会社で「製造を捨てファブレスになる」といった意思決定をした場合、社内の多くの人を敵に回すことになります。経済合理性だけを優先すると政治的に痛い目に合う、下手をすれば失脚するかもしれないのです。そうなると、10人中9人が社長として在籍している5,6年の間はあれこれとお茶を濁して意思決定しない、という保身の道を選びます。日本の大企業において、社長というのは究極の上がりポストなので、自分の身が危うくなるような意思決定はしません。というより、「捨てる」意思決定をするような人は組織の中で偉くなれません。多くの場合、日本型組織における社長は「意思決定をしない」という意思決定をすることになってしまうのです。

日本は生産性が低い、という話がありましたが、日本企業が他国のグローバル企業に伍して、パフォーマンスを上げていくためには、どんな基軸が必要でしょうか?

冨山:
グローバル展開している日本の製造業の平均値で見ると、生産性で低いのは労働生産性よりも資本生産性です。日本企業のROEの低さは異常としか言いようがありません。資本生産性が低いと、将来のための再投資ができず、成長率が低くなり、長期的な企業の持続性が無くなります。なぜ、資本生産性が低いのか。これは不採算部門を切ることができず、抱え込みすぎているために、成長が見込まれ高収益が得られそうな新領域に思いきった投資ができないのです。日本の会社ほど不採算部門を抱えこみ過ぎている会社は世界中探しても、どこにもありません。これが、日本の生産性の低さの原因となっている最大の問題です。労働生産性については、きちんと計測すれば、日本の製造業は実は今でも世界一です。だからコーポレートガバナンスをしっかりとやらなくてはならなのです。

なぜそうなるかというと、日本の会社がサラリーマン互助会のような組織になっているからです。その中でバサバサと不採算部門の廃止などをやってしまうと、互助会にヒビが入ってしまうのです。しかし、「社員のリストラはしない。人を大事にする企業です」と言って、不採算部門を切れずにいることで、実は経営状態をもっと悪化させ、従業員を苦しめてしまう方がはるかに罪深いことだと思うのですが。

一方、サービス産業系の生産性が低いのは明らかに労働生産性です。労働生産性というのは時間当たりの付加価値です。ということは、人件費をカットして、長時間労働させると、労働生産性は下がるのです。

労働生産性について日本は過去どんな施策をとってきたかというと、3人で2人分の仕事をさせるような、むしろ業務効率を悪くさせるようなことをやってきています。というのも、介護、医療、福祉など生産性の低いセクターが、製造業でリストラされた人たちの雇用の受け皿となることで失業率の上昇を抑えていたからです。ただ、今は人手不足になっているために、介護現場も医療現場も崩壊しつつあり、この分野での労働生産性を上げるということは、日本の喫緊の課題である、と言えます。逆に言えば、人手不足の今、日本にはビッグチャンスがあるという事になります。

冨山さんのグローバル、ローカルの定義はなんですか?

冨山:
私がグローバル経済圏と呼んでいるのは、競争のベースがグローバルにある企業、すなわち製造業やITの一部企業が属する経済圏です。日本で事業をやっていて、アメリカ、ヨーロッパの競争相手を意識しなければならない企業というイメージです。逆に地域に根差したバス会社というのは、アメリカやカナダのバス会社は関係なくほとんど影響を受けません。そうした傾向の強い企業の属する経済圏を、ローカル経済圏と呼んでいます。

日本は、これからはグローバルだから英語やらなくては、MBAを取らなくては、といった議論をしすぎていると思います。こうしたことに関係がある人は、ほんの数パーセント。それよりも“マイルドヤンキー”の方がはるかに比率は大きいですし、私は「マイルドヤンキーが日本を救う」と言っているのですが、今一番元気なのは“マイルドヤンキー”ですよ。これから日本のGDPを上げようということであれば、マイルドヤンキーの生産性を上げる方がはるかに効率がいいのです。

トヨタや日立はグローバル競争の中で、既に100mを10秒で走っています。これを8秒台にするのはかなり難しいことです。しかし、地方のバス会社や観光業、旅館などは100mを30秒で走っているのです。そして30秒を20秒台にする方が、10秒を8秒にするよりもはるかに容易で効果的なのです。しかも今、30秒で走っている人は日本人の8割なのです。というわけで、私がローカルの重要性を強調しているのは、年収200万円の人を300万円にし、年収300万円の人を400万円にした方が日本全体に対するインパクトは大きいと考えているからなのです。

講演者/パネリスト 略歴

株式会社 経営共創基盤 代表取締役CEO
冨山 和彦(とやま かずひこ)氏
株式会社経営共創基盤 代表取締役CEO 冨山和彦氏ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年に産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、IGPIを設立、数多くの企業の経営改革や成長支援に携わり、現在に至る。オムロン、ぴあの社外取締役。

経済同友会副代表幹事。財務省・財政投融資に関する基本問題検討会委員、内閣府・税制調査会特別委員、文部科学省・国立大学法人評価委員会「官民イノベーションプログラム部会」委員、経済産業省・「稼ぐ力」創出研究会委員、金融庁・コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議メンバー、公正取引委員会・競争政策と公的再生支援の在り方に関する研究会委員

1960年生まれ、東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。

著書:「挫折力」、「会社は頭から腐る」、「カイシャ維新 変革期の資本主義の教科書」、「結果を出すリーダーはみな非情である」「IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ」、「IGPI流 セルフマネジメントのリアル・ノウハウ」、「稼ぐ力を取り戻せ!日本のモノづくり復活の処方箋」、「なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略」「ビッグチャンス」他。

株式会社 経営共創基盤 プリンシパル
安井 元康(やすい もとやす)氏
株式会社経営共創基盤 プリンシパル 安井元康氏経営共創基盤(IGPI)プリンシパル。1978年東京生まれ。母子家庭に育ち、都立高校を経て2001年明治学院大学を卒業、GDH(現ゴンゾ)に入社。翌2002年おなじくベンチャー企業のMGJに転職。2004年、同社のIPO実務責任者として東証マザーズへ上場達成後、26歳でCFO(執行役員・経営企画室長)に。その後、自身の学歴コンプレックスを解消し、同時に自己流の仕事術がどれだけ通用するかを確認するためにケンブリッジ大学大学院へ私費留学。同大でMBAを取得。その後、2007年に経営共創基盤に入社し、4年弱でディレクターに昇進(同社最年少)、2014年よりプリンシパル。クロスボーダーM&Aを含む各種成長戦略や再生計画の立案・実行などに従事。2008年~2010年には、ぴあ(株)財務担当執行役員として同社の事業構造改革などを主導。

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