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2011年6月

The Art of Choosing  選択の科学
シーナ・アイエンガー(著),櫻井 祐子(翻訳)

選択についての研究で最高権威とも言われる、全盲の人気教授による知的興奮を覚える研究成果。

インドでシーク教徒の家庭に生まれた彼女は、「個人が自由な選択をすることが人生である」と教えられるアメリカで教育を受け、大学に進学してのち、「選択」を研究テーマにすることを思い立つ。日本の京都大学にて研究生活を過ごした経験も持つ。

本書「選択の科学」で、彼女は、「選択権を持つことは生き物の基本的欲求である。そして、多くの選択を与えられすぎると決定ができず、少ない選択の中からのほうが人間は選び易い。かつその限られた選択を大事にすることで、サバイバルできたり、成し遂げたりすることができる。」というようなことを述べている。

私も、数多くの方のキャリアの選択に接してきて、その人その人の目的が定まっていれば、限られた選択の中でも幸福を得ることができるように思う。

そして、人生は宿命によって定められたものなのか、あるいは運命は宿命ではなく自ら選択することができるのか、あるいは選択をすることが本当に幸福なことなのか、その選択による結果には誰が責任をとるのか、という問いかけを私たちに投げかけてくる。 ただし私達は、本書に対して、正しい人生の選択とは何かという結論や回答を求めることはできない。

本書には、いくつかの興味深い調査や研究、経験談が盛り込まれている。

例えば、社長は平社員よりもなぜ長生きなのかというと、その秘密は自己裁量権にあるというのだ。社長は社員よりもはるかに裁量権が多く、社員は当然ながら裁量権が少ない。裁量権即ち選択権の少なさは当然ながらストレスにつながる。そしてストレスは寿命に影響する。

筆者はさらに個人主義と集団主義の境界を探るために行われたIBMでの全世界の社員を対象とした調査結果を取り上げている。アメリカは個人主義指標が100点満点で91点と高く、豪州は90点、イギリスは89点、欧州諸国は60~80点、ロシアは39点、インドは48点、日本は46点、アジア諸国は中国を含んで約20点前後、そして南米はといえば、総じて低く、グアテマラはなんと6点と世界でもっとも集団主義的な国に位置づけられている。アフリカについては十分な調査結果がないものの、数カ国で20~30点程度と推定されている。このような国としての平均的スコアですら国ごとに異なる文化の表れであり、これが個人の価値観や選択に影響を及ぼしている。そして、選択することが出来ることとできないことというのは、幸福か幸福でないかを分けるものではないといっているように思われる。また筆者は選択肢の多さが幸福なこととも限らないということを主張している。

結婚についても、たとえそれが個人の恋愛によって決まるものではなく、シーク派のように見合い結婚で決められたとしても、幸福になることはできると主張している。自由な選択、自由な恋愛で結婚できても離婚が多い社会をみれば、その主張は説得力をもつ。

第7講の『ソフィーの選択』という有名なナチスの収容所の逸話をつかった説明は、選択することで生涯自分が負ってしまう後悔の重さ、「選択の痛み」を突きつけてくる。

第6講の『ジャムの法則』は、すばらしい示唆に富んでいる。ある高級食品店で行ったジャムの実験であるが、ジャムの試食コーナーを設置し、24種類のジャムを販売した時と、6種類のジャムを販売した時を比べてみたところ、6種類のみの時の方が売上は多かった。顧客が豊富な種類から選べるほうが売上は伸びると類推しそうなものだが、意外や結果は違ったのだ。 どちらの場合も顧客は2種類程度しか試食をせず、24種類扱っていた時には、顧客は迷ってしまい、結果的に購買につながらなかった。逆に6種理の場合のほうが選択は容易になったというわけである。その差は、なんと6倍にもなった。多すぎる選択枝は『どれが良いか決められない』というジレンマを生むのだ。

選択肢の爆発的増加は、「たくさんの中から選べることが良い」という私たちが自ら望んできた結果であり、ネットによってそれはさらに拡大しているが、本書はその悩ましさを明らかにし、「選択肢は多いほどよい」という価値観が変わってきていることを示している。

就職についても、新卒の就職活動者を対象にした調査について、第3講で披露している。就職活動の序盤戦では、「創造性を発揮できる機会」「意思決定の自由度」「雇用の保証」「昇進の機会」「高収入」などとさまざまな項目がでてくるが、面談を多数こなした後には、自分から見た自己評価と他者からみ見た評価が分離し始めたりすることもあり「昇進の機会」や「評価されないとせっかく勉強したことが無駄になる」など実質的な自己の利益を優先しはじめ、就職先が決定した後の調査結果になると、最優先されたものは「年収」であった。

この調査はもうひとつの面白い結論を導きだしている。就職活動の最初と最後で優先順位が変わってしまったことだ。職業経験のない学生が最初にたてたキャリアプランは、次第に現実とのつじつまが合わなくなってくる。しかし、人生を変えるほど大事な「キャリア」の価値観について、理想と現実のギャップを埋められないままでいると不幸になる。逆に、過去の優先順位を思い出せないほどに「自分に都合の良いストーリー」を作り、選択の理由を述べられる人ほど自分が選んだ選択に高い満足度を示しているのだという。

私も筆者に多いに共感するところで、未熟な経験や不適切な情報から立てたキャリアプランほど恐ろしいものはないと思う。またキャリアで成功する人は、その選択の理由について、その選択の結果が成功でも失敗でも、非常に合理的で納得性のある説明をする。何より、失敗したときに他人のせいにせず、成功したときには他人のお陰だという、そんな感じである。

この書は、本当に面白い。いろいろなエピソードが盛り込まれている。

選択は生物の本能だが、必ずしも生物は賢明な選択をしないことがあるのはなぜか?そんな雄大なテーマに筆者は挑んでいるように思う。選択と偶然と運命という三元連立方程式を解き始めた、記念の書が本書である。

余談ながらも、弊社アクシアムの社名は、Axiom of Choice 選択公理という数学の集合論の第一公理からとったものである。どれも空でないような集合を元とする集合(すなわち、集合の集合)があったときに、それぞれの集合から一つずつ元を選び出して新しい集合を作ることができるという公理だ。やや難しいが、会社という集合があるから個があるのではなく、個の集合が会社であるし、個がもとの集合を離れ、異なる集合を作ることもできるということになる。

「人生の選択はアート」という原題のArtを訳者は、芸術と訳さず科学と訳したが、まさにふさわしいと思う。科学だから答えがあるということではなく、科学として、仕組みや、答えを探求してゆくことの重要性をこの書は訴えかけてくる。

The Art of Choosing  選択の科学 出版社:文藝春秋
著者:シーナ・アイエンガー(著),櫻井 祐子(翻訳)