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2013年4月

「スタンフォードの自分を変える教室」”The Willpower Instinct”
ケリー・マクゴニガル (著), 神崎 朗子 (翻訳)

Stanford 大学の超人気講義で「受講した97%の人生に影響を与えた驚くべきレッスン」、「自分の潜在能力を確実に引き出す本」との帯書きがあります。たばこや生活習慣病などを防ぐために、習慣などを変えようとして努力すればするほど、本能を理解しないままであるがために意志力に関する思い込みを招き、成功を妨げ、結果として不要なストレスを生み出していることから、著者は「意志力の科学」という生涯教育プログラムの公開講座を始めたそうです。心理学、神経科学、経済学の最新科学の成果を駆使した本書は、アカデミックな講義を一般に分かりやすく編集したもので、本能的意志力について書かれたものです。

「自分を変える」ということができればどれほど素晴らしいことでしょう。皆さんも一度は考えたことがあるのではないでしょうか。タバコをやめたいとかダイエットを成功したいと思っていても、簡単には実現できないのは何故でしょう。これだけのベストセラーであり、かつStanford の優秀な学生には非常にスムーズに理解されるロジックなのかもしれませんが、正直に告白しますと、私には素直にロジックが入ってこないのです。「強い意志力をもって読み上げよう。」と挑んでいるのですが、否応なしに自分の意志力の弱さに立ち向かいながら読みつづけなければなりませんでした。自己批判はいけないと書かれていても、自己批判してしまいます。自分の前頭葉が何を望んでいるのか分からなくなります。自分の中のもう一人の自己が自分を疑ってしまい、不条理なロジックに迷い込んでしまうのです。「頭の中のどちらの自己がこの本を読みたいと思っているのか?」といった余計な詮索まで自分に投げかけてしまい、余計な時間を費やさざるを得ませんでした。

本書のポイントはシンプルで「自己コントロールに関する最新科学の見解を示し、集中すべき物事を決め、ストレスと付き合うにはどうしたらよいか、誘惑に打ち勝つ強さを身に付けるにはどうすればいいか。最も大事なことは、自分を知ることであり、「やる力」「やらない力」「望む力」の3つの力を持ち、目標に向けて強い意志を持って、余計な誘惑に身を委ねない負けない意志力が必要。」ということです。

36ページに出てくる記述は科学というわりには簡素な感じがします。「大脳前皮質の灰白質は、3つに分かれており、上部左側が「やる力」、上部右側が「やらない力」、この二つの部分が人の行動をコントロールしており、中央の下部で、「望む力」が決まります。この中央の下部が「希望や欲求」を記録する場所となります。」と説明されています。

この部分を読みながら、私は、「私の前頭葉は読みたい、理解したいと確かに強く思っている一方で、本当に脳神経系学上、この大脳前皮質の役割について証明はされているのだろうか?鵜呑みにできないのではないか?」などと余計な嫌疑をもって、残りのページを最後まで読まなければならなくなってしまいました。クラスに出ていれば、きっと落第学生になりそうな感じです。

モラルライセンシング効果を説明している第4章は非常に面白いものでした。大統領にもなった人がセックススキャンダラスを起こすようなことを示しています。善行を行っているのだから、少しぐらい悪行が赦されるなどと、誘惑に負けてしまうことをモラルについてのライセンシング効果と言います。自分のモラルハザードが著しく下がってしまうことです。善悪で考えず、「何故、善い行為を行ったのか?」それをしっかり意識しておけば意志力を強め、誘惑に負けることはありません。明日も同じ姿勢を維持することが出来るといいます。これは普段の仕事に当てはまるだけではなく、このような意識を常に持てるのであれば、確かに誘惑や悪行に寄りそうになってしまう自分に打ち勝てることでしょう。

第5章、「脳が大きなウソをつく」という章のタイトルは衝撃的ですが、読めば当然という内容です。脳内酵素の一つであるドーパミンについては良く知られているところかと思いますが、2001年の研究結果から、「ドーパミンには報酬を期待させる作用があるが、報酬を得たいという実感はもたらさない」ということが明らかにされたそうです。食べ物、お酒、フェイスブック、お金など色々あるでしょうが、ドーパミンは新しい刺激や報酬に対して、パブロフの犬のように放出され、報酬が得られてしまうと、そのドーパミンは放出されないそうです。ここから、報酬を期待するとドーパミンが放出されるため、「やる力」とドーパミンを結び付けてやればよいという結論になります。ただ困ったことに、このドーパミンは報酬への期待とともに不安やあせりを覚えてしまい、ストレスを与えていることにもなります。対処としては「たまには誘惑に負けて、報酬を自分に与えてやり、実際にやってみると大した喜びや楽しいとは思えないことを自分に知らせてやることも方法論である。」とのこと。欲望をうまく活用して、自分を導けばいいのだということですが、これは非常に面白い示唆になりました。

自己コントロールとは、自分の中の複数の自己に気づき、自分を知り、自分の中でせめぎ合うことだといいます。自分の脳が求める誘惑に負けずに快楽に走ることもできますが、それに抵抗することもできます。誘惑に負けそうなときに、ぐっと踏みとどまって自分の欲求を静かに見つめること、そして、自分が本当に望んでいるものを忘れず、どうすれば心から自分が嬉しく思えるのかをわきまえていること、それが自己をコントロールする秘訣だということです。

以上が本章の概要になります。科学的な客観的調査結果や、解説、説明があるからかもしれませんが、残念ながら私には感情移入してすらすらと読みこめないところがありました。きっと実際の講演の方がのめり込めると思います。

221ページあたりにうつ病のことが書かれていますが、ここは極めて重要な部分だと思いました。自分に厳しくても意志力は強くならないというのです。これは数々の研究で明らかになっているそうで、自己批判はつねにモチベーションの低下や自己コントロールの低下を招く、うつ病の予兆であるとしています。うつ病では「やる力」や「望む力」が失われてしまいます。これに対して「自分への思いやり、自分を励まし、自分にやさしくすることは、やる気の向上や自制心の強化につながる。」としています。自分への思いやりというのは自分への甘やかせとはならないそうです。これは事例をあげて述べられていますが、非常に重要でありながら余り認知されていない有益な示唆であると思われます。結果を出せなかった人の中で、自己批判した人の方が、次の機会には失敗を繰り返さない努力・準備を怠り、自分への思いやりを持った人の方が着々と努力・準備をするというのです。驚いたことに、罪悪感を感じた人よりも自分を許す方が、責任感が増すのだそうです。これは、まったく新しい示唆となりました。

皆さん、いかがでしょうか?今まで聞いたことがないような、自分達の脳や本能の働きを、実験を通じて証明されてしまうと、すぐには脳が認めない抵抗を見せているように感じませんでしたか?ぜひ一度、読んでみてください。

Change Live, Change Organization, Change the World.

これは、Stanford のビジネススクールのミッションについて述べられている動画のコピーライトですが、本書とあわせて考えてみると、自分の中の複数の自己に注意してゆくことで自分を変えるのであれば、他人の意思決定を変えることにも通じる点があるように思えました。このChange Liveという概念は私も大好きな概念なのですが、残念ながら私の場合、購読後、受講生の97%のように、自分を変える手立てにはなりにくいと思いました。まだまだ勉強が足らないのだと思います。

「スタンフォードの自分を変える教室」”The Willpower Instinct” 出版社:大和書房
著者:ケリー・マクゴニガル (著), 神崎 朗子 (翻訳)