転職コラムキャリアに効く一冊

キャリア開発に役立つ書籍を毎月ご紹介しています。

2013年5月

啓発録
橋本 左内 (著), 伴 五十嗣郎 (翻訳)

50才や60才になっても未だ「志」を得る事無く、毎日に窮する人も多い。その一方で、よわい15歳にして志を定め、人生を全うする人もいます。人生は長さも大切ですが、短くとも意味を持って人生を生き抜くことも大切かもしれません。

新しく学校に進学する、海外に飛び立つ、新しい職場を始めるなど、何か新しいことを始める人には、ぜひ一読をお勧めしたい本です。

橋本左内は幕末の志士・思想家です。福井藩医の長男として生まれ、大坂の適々斎塾で医学を修得しました。15歳の時に志を記した書が、「啓発録」です。 藩命による江戸遊学中には、西郷隆盛・藤田東湖らと交わりました。左内20歳、1853年にはペリーの黒船が来航し、25歳の時には、日米修好通商条約が結ばれました。その翌年、1859年、安政の大獄で慶永が処罰されると、共に謹慎処分を受け江戸で斬首されました。享年26歳。今の時代に置き換えれば、中学生が志を立てたことになります。

橋本左内が15才にして、これから学問を究めようと決意した時に、自らの志を定め残した書が啓発録です。その中で、5つの事柄を本気で行うことを自らに課し誓っています。

1. 立志(志を立てよ)
志を立てるというのは、自分の心の向かい赴くところをしっかりと決定し、一度こうと決心したからには真直ぐにその方向を目指して、絶えずその決心を失わぬよう努力することである。志を立てる上で注意すべきことは、目標に到達するまでの道筋を多くしないことである。自分を育てるのは自分である。 強く正しい人間になるためには、自ら進んで自分を鍛えよと言う事である。

2. 振気(気を振るえ)
「気を振う」ということ。気とは、決して人に負けないぞと思う心である。常に油断なく頑張る気持ちを持たなければならないということである。人生はすべてに勝つことであり、誘惑に勝ち、苦難に勝ち、自分に打ち勝つ根性を養えという事である。

3. 勉学(学に勉めよ)
「学」を「勉める」ことである。学とは、習うということであり、優れた立派な人の行動やしぐさをその人に見習っていくことである。物を学ぶことは、人間として成長するためである。 学問、技能の習得を通じて道徳心を磨き、人格を高めよという事である。

4. 去稚心(稚心を去れ)
「稚心」とは、幼い心、子供じみた心のことである。他人に甘える事無く、独立独行の精神を尊重し、自分の足で歩ける人間になれと言う事である。

5. 択交友(交友をえらべ)
「交友」とは、自分がお付き合いする友達のことである。「択ぶ」とは、たくさんの人の中から、友達にする人を選び出すことである。軽薄な人間は友とするには足りない。勇気と根気・和敬の心を備えた礼儀正しい人間を友として選べと言う事である。

いかがですか?

「志など持たなくても、平和で健やかな人生を全うできればそのほうが幸福だ」と考える人もきっといることでしょう。それも人生だと思います。しかし、自分の気持ちに正直に、何かに向かって突き進んでいきたいと願う人であれば、左内の啓発録は、きっと学んでいる時、展望の実現に向かって苦しくも努力している時に、改めて読めばきっとまた初心にも戻って奮起させてくれることでしょう。

さて、15歳の啓発録に合わせて感銘を受けるのは、末期の歌です。26才にして斬首された 左内は、獄中で次の詩を詠んでいます。南宋末の詩人文天祥が、元軍と戦って捕らえられ、1280年頃大都の獄中で作った五言古詩。正気が存在する限り正義は不滅であるとし、民族の前途に対する確信を歌った「正気の歌(せいきのうた)」を自分になぞらえながら、生気を保ちながらも涙して斬首されていった左内の気持ちが伝わってきます。

これほどの人物が今の日本の礎となってくれているのです。次世代リーダーに必要なものは、このような教養と志だと気づかされます。

  二十六年 夢の如く過ぐ
  顧みて平昔を思えば感滋多し
  天祥の大節 嘗て心折す
  土室 猶吟ず 正気の歌
   獄中作   橋本左内