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2013年8月

不格好経営―チームDeNAの挑戦
南場 智子 (著)

多くの経営者が心の中に抱いているものの、さらけ出すことがないような経営者の本音が赤裸々に綴られている良書。著者である南場氏自身が「ここまでアホをさらけ出してもいいのだろうか」というほどに、本音や失敗体験が露骨に語られている。ハーバードMBA、マッキンゼー卒という輝かしい経歴を持つ南場氏が、ここまでも泥臭く感情豊かに、失敗の連続だったDeNAの歴史、そしてその不格好な経営について、ロジックよりも熱意で語っているのが非常に興味深く、また読んでいて清々しい。

起業もロジックではなかった。「そんなに熱っぽく語るなら、自分でやったらどうだ」ソニーコミュニケーションネットワーク社長の山本泉二氏(99年当時)のそんな一言が南場氏の人生を変えた。過去を捨てて起業する・・・。全く予定していなかった人生の扉が開かれた。彼女がやりたかったことがたまさか起業という選択になっただけだった。輝かしい学歴や業績だけで、起業も経営もできるものではない。それに、「やってみたらどうだ」と言われて、「やってみよう」「I’m ready.」と即断できる人などほとんどいない。やらない理由を見つける人の方が多く、即断即決、実際に実行できる人は極めて少ない。そして、やってみて、南場氏はすったもんだの苦労をした。でも「経営とは、こんなにも不格好なものなのか。だけどそのぶん、おもしろい。最高に。」と言えるようになった。

この逸話だけでも、既に人生の教訓といえるが、本書にはその他にも沢山の教えがある。決して、こうすれば経営が上手くいくとか、ベンチャー経営かくありとかいう書ではないが、読者は多くを学びとることができる。南場氏は、DeNA創業時のエンジニアの採用で、板倉雄一郎氏の著書「社長失格―僕の会社がつぶれた理由]を渡していたそうだ。起業家の自叙伝は多いが、まさにこの「不格好経営」は、「社長失格]と双璧をなす素晴らしい自叙伝であり、きっと永く良書としてヒットするものと思う。また、「不格好経営」について、発刊直後から多くのベンチャー経営者が、共感、絶賛しているが、むしろベンチャー企業に勤めていない人にこそ読んで欲しい。

以下に、私の印象に残った部分を引用を交えて紹介する。 彼女の「素」の言葉が、最後まで読み手の心に訴えかけてくる。

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1. 人材に恵まれ、さらに良い人材を確保するためにあらゆる努力を惜しまなかった

ベンチャーにとって資産は人材しかない。だとすれば、最高の人材に仲間に加わってもらうために、できる限りのことをすべきである。当たり前のように思うかもしれないが、これを実践できる人は少ない。

「何の仕事をやってもらうんですか?その人にぴったりのポストがありません。」

ほとんどの人は、このように考えてしまう。ライフネットの社内ですら、何度もこの「壁」に直面したという。でも、これは間違っている。良い人材であれば、いくらでも仕事は作れる。良い人材であれば、会社に付加価値を付けてくれる。良い人材は費用ではない。資産だ。もっとも大切な、唯一の。

南場氏は、売り上げがほとんどなかった頃から、良い人材はどんどん採用していた。たとえ数年かかってでも、仲間に加わってもらう労を惜しまなかった。そして、南場氏は、最近でも新卒採用の説明会に年30回も参加しているそうだ。ここまでできる経営者はなかなかいない。

~川田氏について~

会社の組織風土は創業期のメンバーの個性によって規定される。DeNAの風土は、共同創業者である川田尚吾氏によるところが大きい。

私は DeNA という会社がとても好きだ。その一番の理由である DeNA 内部の清々しさ、気持ちのよさは、川田の人格と仕事へのスタンスがべったり組織に乗り移ったものだと思っている。誰よりも働く、人を責めない、人格を認める、スター社員に嬉々とする、トラブルにも嬉々とする。そして、俺は聞いてない、バイパスするな、などという言葉も概念もいっさいない。とにかく一歩でも、ちょっとでも前に進むことしか考えない。

 その川田の姿勢が、成功やアイデアの帰属よりもチームの成功を優先し、「誰」でなく「何」を重視する DeNA の文化をしっかりと築いた。

一番の思い出は何だろうか。営業チームに不適切な叱責をしてしまった私を、川田は裏の非常階段に呼び出し、本気で怒ったことがある。気持ちがとても平らかな川田が感情的に怒ったのを見たのは、後にも先にもその1回だけだった。そのたった1回が私に向けられた、というのも川田らしく、そして DeNA らしい。(p.130)

起業の相棒を愛している。私自身もこの話を読んで、以前から面識があり尊敬していた川田氏のことを更に深く尊敬し好きになった。

~守安氏について~

 私は賢い人が集まるとされるコンサルティング会社時代を含め幾人もの天才、秀才(多くは自称)を見てきたが、その私が驚くほど数字と論理に強くビジネスセンスにも長けていた。

 そして部門を統率できるブレなさ、強さがある。人格は、責任感が強くフェア。権威におもねることがない。そして約束を守る。長年一緒に仕事をして私は守安から多くのことを学んだが、そのなかでも一番尊いことは、自分の利益や感情と物事の善し悪しの判断を決して混同しない清々しさだ。守安が新米のときからトップになるまで見てきたが、一時たりともそこに曇りを感じたことはない。

一見傲慢で、実際生意気だが、実は謙虚でよく学ぶ。そして、どことなくいびつなところがチャーミングで、愛されるというのも経営トップとして大きなポイントだった。(p.179-180)

本書で私がもっとも気に入っている箇所のひとつが、守安氏が買収した海外企業の社長に対して、「お前もっと働け」という内容のメールを苦手な英語で書いた場面。南場氏が「吹き出すほどひどい」とポジティブに揶揄した文面は以下のとおり。

Dear Neil,

My leadership style is work most hard. So you should do the same.

Isao

南場氏も「(英語としてはひどいが)これが守安の言いたいことじゃないか、それがよく伝わる、実は、よいメールなのではないか。」と言って、そのままメールしたように、これだけ簡潔にはっきり言いたいことが伝わるメールがあるだろうか。文法とか単語とかの問題ではない。私も most hard working なリーダーを目指したいと思う。

2. 実現可能か分からない高い無謀な目標を掲げて、それをひたすら追求した

2004年3月期、売上16億円のときに、3カ年計画で売上100億円、営業利益率20%以上という目標を発表した。どのように実現するかは、分からないまま。

 守安はこのときのことを「どうやってこの売上をつくるんですか、と南場に訊いたら、自分で考えろと言われた」と笑い話として回顧しているが、そのとおり、絵は描いたが確信の持てる精緻なプランはまったくなく、そうなりたい、という意思の表明にすぎなかった。これくらいの成長をしないとつまらない。単純にそう思い、強くそれを打ち出した。(p.106)

この目標は結果的に実現するのだが、次の目標が更に凄い。

 このころ、つまり2005年の夏ごろだが、私は2011年3月期の数値目標を打ち立てた。売上高1000億円、営業利益200億円。当時は売上64億円で着地した年度のまっただ中で、「来期の100億円も見えていないのに」と守安は反発したが、私は目標数値だけは決めたい、と「勝手に」(守安曰く)打ちだした。100、200、400、700、1000とホワイトボードに書き、狙ってもなかなか達成できないような難しいことが、狙わずにできるはずがない、大きい試合をしよう、と幹部連中に本気でコミットを迫ったのを覚えている。(p.115)

戦略コンサルタントという人種は物事を常にロジカルに積み上げて考えて行くので、このように説明できない数字を打ち立てることには、一種の気持ち悪さを感じるはずで、こういった目標設定ができるのはクレイジーな起業家だけだ。しかし、本書で南場氏は何度も、コンサルタントとして学んだことを必死に忘れていった(unlearning した)と述べている。本来はロジカルなのに、ロジックを超えた強い思いを形にしていくことを身に付けたときに、大企業家に脱皮したのだろう(上から目線で失礼)。実現する可能性が低いような夢でも、まずは思い描かない限りは、絶対に手に入れることができない。ならば、未来を信じて、大きな大きな夢を思い描くべきではないか。

3. ポテンシャルが高い若手にどんどん任せ、自分は必要な意思決定をバンバン行ってきた

入社1週間の新人にサムスン電子との戦略的提携を任せたり、25歳のエンジニアにミクシィとの共同プラットフォーム開発を任せたり。ヤフーとの提携を全面的に取り仕切ったのは、当時入社4年目の赤川氏だった。現在まだ20代後半だが、執行役員に就任している。社長室長になりたての頃は守安氏に呼ばれ、「韓国どうするか考えて。1カ月後に聞かせて。」と「まるで忘年会の企画を丸投げするかのように任された。」そうだ。1カ月後の赤川氏の提案をもとに、同社の韓国戦略は動き出す。「若手に任せよう」とはよく言うが、ここまで徹底できる企業はそう多くない。

~南場氏の意思決定~

南場氏は経営者として意思決定の要諦を理解し、実践してきた。本書の第7章は南場さんの経営哲学ともいうべき事柄が詰まっている。参考にさせていただきたい。

 ・・・意思決定のプロセスを論理的に行うのは悪いことではない。でもそのプロセスを皆とシェアして、決定の迷いを見せることがチームの突破力を極端に弱めることがあるのだ。

 検討に巻き込むメンバーは一定人数必要だが、決定したプランを実行チーム全員に話すときは、これしかない、いける、という信念を前面に出した方がよい。本当は迷いだらけだし、そしてとても怖い。でもそれを見せない方が成功確率は格段に上がる。事業を実行に移した初日から、企画段階では予測できなかった大小さまざまな難題が次々と襲ってくるものだ。その壁を毎日ぶち破っていかなければならない。迷いのないチームは迷いのあるチームよりも突破力がはるかに強いという常識的なことなのだが、これを腹に落として実際に身につけるまでには時間がかかった。

 また、不完全な情報に基づく迅速な意思決定が、充実した情報に基づくゆっくりとした意思決定に数段勝ることも身をもって学んだ。コンサルタントは情報を求める。それが仕事なので仕方ない。これでもか、これでもかと情報を集め分析をする。が、事業をする立場になって痛感したのは、実際に実行する前に集めた情報など、たかが知れているということだ。(p.204-205)

不格好経営―チームDeNAの挑戦 出版社:日本経済新聞出版社
著者:南場 智子 (著)