転職コラムキャリアに効く一冊

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2015年6月

「ハーバードの人生を変える授業」
タル・ベン・シャハー /Tal Ben-Shahar, Ph.D. (著)|成瀬まゆみ (訳)

ハーバードで最も学生の人気を集め、1400人もの履修者が殺到した“伝説の授業”を書籍化した本書。そしてその続編。「ポジティブ心理学」の講師、タル・ベン・シャハー氏が人生をより良く生きるヒントをまとめた2冊を、今月はご紹介したいと思います。

著者は第一冊目「ハーバードの人生を変える授業」の冒頭で、彼の著作が果たす役割を明確に示してくれています。

「私が心理学専攻の大学生だったとき、人生に大きな影響を与えた授業は、どれも学んだことを実践に生かすことを勧めるものでした。授業中に教えてもらったことを実際の行動に移すことで、私は理論を自分のものとして吸収することができたのです。私はこの方法を『リフラクション(反映させて行動する)』と名づけました。~中略~本書のワークを実践することで、ハーバード大学のデイヴィッド・パーキンス教授のいう『生産的知識』を育むことができます。『生産的知識』とは『単なる知識ではなく、自分たちをとりまく世界をよく理解して、状況にうまく対処するための知識』のことです。」

まさに生きた知識、人生を歩んでいくための知識を得ようと説いている点に、まずは大いに共感させられました。

第一冊目では、著者がハーバードで行ってきた52稿(52週分)の授業が紹介されています。それらのワークを読者が追体験的に行うことで、経験を増やし、自己成長を即し、生産的知識を体得できると書かれています。第二冊目では、著者は101の選択問題を読者に突きつけてきます。aかbか。選択していくごとに自分自身に変化を起こす設問の数々は、まさに「ポジティブ心理学者」である著者の真骨頂でしょう。

じつは私は「ポジティブ心理学」について、本書に出会うまでどちらかというと否定的な意見を持っていました。「どうしていつも幸せを追いかけねばならないのか? 」「不幸のどん底といえるときにポジティブに感じろといわれても、それこそストレス極まりない!」なんて印象を抱いていたのです。きっと皆さんの中にも、同じような感想を持つ方がおられると思います。しかしながら、タル・ベン・シャハー氏が記したこの2冊について、その危惧は当てはまりませんでした。「ポジティブ」の名のもとに特定の価値観を押し付けるようなものではなく、選択および行動の主体が、あくまで受講者や読者になっていたからです。

主役である皆さんは、第一冊目の場合、52稿の中から自らに合うワークを選び、気に入ったものを実践すればいいと書かれています。すべてを実践する必要はなく、無理に体系づけた知識にする必要もありません。自分の琴線に触れた5つだけでも実践すれば、人生に何らかの変化を起こせるように感じました。きっとどの5つを選ぶかが各々の人生を形づくる個性であり、課題の裏返しでもあるのでしょう。実践できる5つを選ぶのか? できないと思う5つを選ぶのか? そんな視点で自らを捉えてみるのも有益かもしれません。読後にふとそんなことを思いつきましたが、いつか著者か訳者の方にそのような視点での本書の使い方について、どう思われるか伺ってみたい気がしました。

では、私自身がどのような稿を気に入ったか、具体的に抜粋しご紹介したいと思います。(きちんと実践できているかって? それは内緒…ということで筆を進めます。)


「ハーバードの人生を変える授業」


◆Week 7「困難から学ぶ」
私たちの社会、とくにアメリカは、「幸せでなければならない」という思いこみにとらわれていると批評されることがあります。~中略~しかし正確にいうと、人々がとらわれている思いこみは「幸せでなければならない」というよりも、「楽しさがすべて」というものです。社会に満ちたその場しのぎの解決法は、私たちの「意義」への欲求を無視しています。本当に幸福になるためには、ある種の自己啓発本や精神科の薬が回避しようとするような、不快な感情やつらい体験が必要です。人は困難を克服することで幸福になれるのです。精神科医ヴィクトール・フランクルは次のように述べています。「人間が本当に必要としているのは不安のない状態ではなく、価値ある目標のために努力することである。人間に必要なのは何としてでも不安を取り除くことではなく、意義の達成に使命を感じることである」。人は困難な時期があるからこそ、より大きな喜びを感じられるようになるということを忘れてはなりません。困難こそが、人生におけるすべての喜びへの感謝の気持ちをつくり、この感謝の気持ちこそが、真の生きがいや喜びの源になるのです。

◆Week 12「完璧主義を手放す」
完璧主義と最善主義(現実の制約の中で最善を尽くそうという考え方)についてここで考えてみましょう。完璧主義と最善主義のいちばんの違いは、前者が現実を拒絶する考え方であるのに対して、後者は現実を受け入れる考え方だということです。完璧主義者は、どんなことでも、ゴールまでの道のりはまっすぐで何の障害もないものだと思いこんでいます。そのため、そうでないとき、たとえば仕事に失敗するなど物事が思いどおりにいかないとき、イライラしてうまく対処することができません。それに対して、最善主義者は、失敗は人生の自然な一部分であり、成功につながる欠かせない要素だと理解しています。~中略~失敗を楽しむまではできないにしても、自然なこととして受け入れ、心配をあまりせずに活動を楽しむことができるのです。生きている限りつらい感情はあって当然と思っているので、抑えこんでネガティブな感情を増幅させることもありません。つらい感情を味わい、そこから学び、そして動きだします。

◆Week 13「価値ある行動をする」
「80対20の法則」は、イタリアの経済学者ヴィルフレード・パレートにより提唱されたものです。これは一般的には、「ある国の総人口のうち20%がその国の富の80%を所有している」とか、「ある会社の顧客の20%が会社の収益の80%を生みだしている」といった法則のことで別名「パレートの法則」としても知られています。リチャード・コッチとマルク・マンシーニによると、この法則は時間管理にも応用できるといいます。彼らは「20%の時間に努力を注ぐことで、期待する80%の結果は得られるであろう、それにより時間をもっと有効に使えるようになる」と説いています。

有名なパレートの法則です。自分の人生、生活で大切な2割が何かに気づけば、その2割が人生の喜びの8割を与えてくれる…という風にも応用できます。

◆Week 14「安全圏から出る」
人に親切にしたり勇気ある行動をしたりすれば、自分自身に対する考え方が変わり、自分をより親切で、より勇気ある人間だと感じるようになるでしょう。この心理過程(ベムは「自己知覚理論」と呼んでいます)により、人はある程度の時間をかければ、行動によって自分に対する考え方を変えることができます~中略~ずっとやりたいと思っていながら、失敗を恐れてやらないできたことはなんでしょう。~中略~行動するときには最善主義を取り入れてください。最初はぎこちないかもしれません。ですが、安全圏(コンフォートゾーン)を超えて冒険をし、人に助けてもらったりフィードバックをもらったりして、たとえ失敗しても気にしないでください。安全圏から出たとき、あなたはどんなことを感じ、考え、どんな行動をとるでしょうか。

「物事を始めるには、話をやめ、行動を開始することだ」
ウォルト・ディズニー

◆Week 41「決断をする」
実業家として有名なジム・バークは、1989年に引退するまでの13年もの間、ジョンソン・エンド・ジョンソンのCEO(最高経営責任者)として活躍しました。彼は仕事をはじめたばかりのころ、「司令官ジョンソン」と呼ばれたロバート・ウッド・ジョンソン・ジュニアから、失敗に学ぶことの大切さを教わったといいます。バークの開発した商品が大失敗してしまったとき、バークは当時会長だったジョンソンに呼ばれました。彼はクビを宣告されるだろうと覚悟していました。ところがジョンソンは握手を求めてきてこう言ったのです。「おめでとうを言いたくて君を呼んだんだ。ビジネスとは決断だ。決断をしなければ失敗もない。私のいちばん難しい仕事は、社員に決断するようにうながすことなんだよ。もう一度誤った同じ決断を下せば、クビにする。でも他のことなら、どんどん決断をしていってくれ。そして成功するよりも失敗することのほうが多いということを君にもわかってほしいと思っている」。バークは自分がCEOになった後も、同じ経営哲学を信奉しつづけました。「リスクを冒さなければ成長はあり得ない。成功している会社はどこも、山のような失敗をしている」

以上が私の選んだワークになります。この他にもたくさんの有意義なワークが本書には詰まっています。ぜひ、ご自身の心底に響くようなワークを探してみてください。

さて、第二冊目の「次の2つから生きたい人生を選びなさい ハーバードの人生を変える授業II」は、aかbかを選ぶ101の選択問題になっています。そしてそれぞれの項目には、多数の格言と実話の引用が添えられています(タル・ベン・シャハー氏の、研究者としての功労の賜物といえるでしょう)。「この格言は、あの著名な哲学者の言葉だったんだ」「私の好きな言葉が引用されている」と、こっそり楽しみながら読み進めることもできます。著者は選択問題の形式をとりながらも、正解を覚え込ませようとする教師では決してありません。読者に“育つ者”としての自由や考察する喜び、実践への導入動機を巧妙に与えてくれます。以下に、特に私の心を捉えた選択問題と、添えられた格言、取るべきActionについての記述をご紹介します。


「次の2つから生きたい人生を選びなさい ハーバードの人生を変える授業II」


◆Question 31
a 欠点を思いわずらう
b 強みに目を向ける

肝心なのは「できること」であり、「できないこと」ではない。
経営学者 ピーター・ドラッカー

自分の強みを伸ばすことに力を注いでいる人は、そうでない人よりも幸せになり、成功しています。これは弱みを無視すべきと言いたいわけではなく、自分がもともと得意なことに重きをおいたほうがいいということです。

★Action 強みを伸ばす

Question 38
a 自動的な反応をする
b 意識的に選択する

われがわが運命の支配者、われがわが魂の指揮官。
詩人 ウィリアム・アーネスト・ヘンリー

いつも過去と同じ反応をしてしまえば、もっとポジティブな経験ができる可能性があるにもかかわらず、その可能性を消すことになります。同じ反応をする代わりに、気持ちを落ち着かせ、自分がどう反応したいのかを考える必要があります。自分自身と周りにいる人のために、状況を把握して、意識的に行動することが大切です。

★Action いつもと別の反応をしてみる

Question 53
a 他人に無関心でいる
b 人をしっかりと見る

愛の反対は憎しみではなく、無関心である。
作家 エリ・ヴィーゼル

私たちは人生の中で、日々、多くの人に出会います。会う人はみな、それぞれ自分の世界をもっています。私たちはそんな人たちの横を通りすぎるだけで、便宜的なつきあいをするにとどまります。自分に都合のいい側面に関心を寄せるだけです。しかしその人たちを目的を達成するための道具としてでなく、一人ひとり生きた人間としてよく見たらどうでしょう。~中略~私たちは人々のもつ内面の美しさと価値に気づくことになります。~中略~人をしっかり見ることができるようになると、自分のことも違った角度で見ることができるようになります。人や自分を道具としてではなく、尊敬すべき人間として見られるようになるのです。

★Action 周りに本気で関心をもつ

Question 76
a 準備された道を歩む
b 自らの旅をつくりだす

周りの意見に従って、世間のなかで生きるのは簡単だ。自分の考えに基づいて、
孤独のなかで生きるのも簡単だ。しかし偉大な人間は、群衆の只中にありながら、
孤高の精神を完璧な優しさと共に持ちつづけている。
哲学者・思想家 ラルフ・ウォルドー・エマソン

自分のなかには外に向かって開いている部分と、閉じた個人的な領域のふたつの側面があります。他人の声を聞く部分と、内なる声に従う部分です。周りの人の意見は大切です。~中略~しかし周りの人の意見が、自分が人生の使命を見つけるのを邪魔することもあります。

★Action 「偶然」に目を向ける

Question 78
a 言葉に頼る
b 身をもって示す

あなたが世界に望んでいる変化に、あなたがなりなさい。
政治指導者 マハトマ・ガンジー

自分が気にかけている対象やこの世界に対して「いい変化をもたらしたい」と思う欲求は、私たちの心に深く根づいたものです。しかし周りに変化をもたらしたいのであれば、たいていの場合、まず最初に自分自身が変わらなければなりません。

★Action 他人より、まず自分を変える

いかがでしたか? 世界中の指導者や、指導者を目指す人たちが、この本にかかれたことの20%でも実行し自己変革を成し遂げられれば、世界の紛争の80%は平和に変わるのかもしれませんね。残念ながらそうはなっていませんが…。

翻って、足元のご自分の人生、キャリア構築を考えるとき、ご紹介した2冊はとても心強い道しるべになってくれると思います。自信をもって何かを選択することは難しく、たった一人で何かを選び取ることは非常に厳しいものです。キャリアを創り上げていく過程では、往々にしてそんな場面に遭遇します。そんなとき、本書のフレーズが助けとなり、孤独な選択をしなくてすむヒントをくれるのではないでしょうか。

最後に、第二冊目のむすびとして、訳者・成瀬まゆみさんが記しておられる内容をご紹介します。著者のタル・ベン・シャハー氏は現在、一世を風靡したハーバードの人気教室を去り、故郷のイスラエルに住む選択をしたこと。そして、本書の内容を体現するかのように自らの新たな夢に向かい、選択と行動を起こしている最中である、と。

「ハーバードの人生を変える授業」 出版社:大和書房
著者:タル・ベン・シャハー /Tal Ben-Shahar, Ph.D. (著)|成瀬まゆみ (訳)