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2016年10月

ファイナンスの哲学 ~資本主義の本質的な理解のための10大概念~
堀内 勉 (著)

「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか(D’où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)」

画家ポール・ゴーギャンの作品のうち、最も有名なこの絵画のタイトルが、今月取り上げる一冊の中で紹介されています。ゴーギャンはパリ証券取引所で株式仲買人として11年間働き、成功を収めた人物でもあるのですが、私たちはそのような経済的成功よりも、彼が残した多くの絵画をより知っています。

本書の著者である堀内氏は、日本興業銀行、ゴールドマン・サックス、森ビル・インベストメントマネジメントの社長を経て、森ビル取締役専務執行役員CFOを務められた人物。現在は多摩大学大学院や青山学院大学大学院などで教鞭をとるとともに、新たなライフステージにむけて様々な活動を始めておられます。氏は金融業界を離れて後、事業家としても成功されたわけですが、ゴーギャンと同じように本当の意味で世に残す仕事は、これからの作品にあるように思います。氏には既に「コーポレートファイナンス実践講座(楽天ブックスamazon)」という著書があり、本書は第二作目。2016年、これから起こるかもしれない資本主義経済の破綻的イベントを前に、私たちは何を考え、何をなすべきか…本書を読み、氏がこれまでの経験を元に、まさに後世に残る作品を綴り始めたのだと個人的には思いました。

金融機関に勤める人、企業財務に関わる人、経営者と呼ばれる人。年齢や経験の長さに関係なく、およそ「ファイナンス」に関わるすべての方に購読をお勧めします。あるいは社会人になったばかりの人、「ファイナンス」は自分の仕事に関係がないと思っている人にもぜひ読んでいただきたい一冊です。

ファイナンスとは何か。仕事とは何か。自分とは何か。とても身近で大事なことであるのに、経理や財務や金融、あるいは経済学について、自分には関係がないと思っている方のなんと多いことでしょう。逆に日々関与している人の中にも、専門家といいながら、それがお金儲けのためだけの行為となってしまい、そこから派生する社会全体、人の営みへの影響などに思いを馳せることがなくなっている方が多いのではないでしょうか。

堀内氏は、本当に勤勉で読書家、博学の人物です。深く物事を考え、その思考のもととなった歴史にまで考えを至らせていることが、本書を読めばご理解いただけます。数千冊を読破してやっと到達できる「大局観」といえばいいのでしょうか。あるいは「Perspective」や「Strategy」というものが、この一冊に閉じ込められているような読後感があります。巻末にある参考文献のリストだけでも、人生の図書館として活用されることをお勧めしたいほどです。古臭い経済書や経営ノウハウ本と一線を画すものであることは、この参考文献リストだけからでも伝わってきます。

本書はまた、大変チャレンジングな著作でもあります。第1章ではまず、ファイナンス理論を「財務諸表の理解」「資金調達の種類と方法」「投資と企業価値」の3つの要点で簡潔に解説。第2章では、広義の経済学として「おカネ(Money) 」 「利子(interest)」「利益(profit)」「価値(value)」「市場(market)」という貨幣経済に関わる5つの概念と、「信用(credit)」「倫理(ethics)/信頼(trust)」「成長(growth)/進歩(progress)」「時間(time)」「資本(capital)/資本主義(capitalism)」という資本主義経済に関わる5つの概念、合計10の概念とファイナンスをつないで解き明かしています。

そして第3章では、いよいよファイナンスの「思想」「哲学」に言及していきます。

2008年のリーマンショックは、その後の各国政府や中央銀行の出動でいったん収まったかに見えているが、結局のところ、金融政策と財政政策頼みの、「二日酔いを迎え酒で抑える」というような状況であり、世界経済の基本構造は、リーマンショックの前も後も、まったく変わっていない。貨幣、市場、そして資本の無限運動からなる資本主義は、人間が貧困から脱却し、経済的に成長していくために歴史的に編み出してきた重要な知見と経験とサブシステムの累積であり、これを今から根底から覆すような仕組みを新たに創設するのは現実的ではなく、また社会の運営の仕方として合理的でもない。チャーチルが民主主義について語ったのと同じように、「資本主義は最悪の経済形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた資本主義以外のあらゆる経済形態を除けばだが……」ということなのである。

格差問題など現代経済学が孕む問題点を指摘したうえで、資本主義のメリットを活かしつつ同時に社会正義を実現していくための方法が考察されていくのですが、氏はこのように述べておられます。

事業家の事業意欲は単なる金銭欲ではないことが多く、特に社会全体を変革するようなシュンペーター的なイノベーションを起こす起業家は、むしろ金銭欲よりは事業意欲、成長意欲などが強いがゆえに事業家として成功していることが多い。そうした事業家の事業意欲と、社会的な富の循環は決して両立し得ないことではなく、むしろ社会的な不平等や不正義を正したいという思いから起業する起業家も多い。こうした強い思いを抱いて、社会をより良くしていこうと考える起業家、企業人、富裕層を増やして、自発的な富の循環のモメンタムを強めることが、教育の重要な目標の1つだと考えている。

いわば“公徳心”というものを備えた若者を育てること。それが一見遠回りにみえるものの、重要な道筋であると締めくくられています。結びの第3章には、特に氏の熱い想いが込められており、必読の内容です。

ファイナンスの哲学 ~資本主義の本質的な理解のための10大概念~ 出版社:ダイヤモンド社
著者:堀内 勉 (著)

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)