転職コラムキャリアに効く一冊

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2018年6月

ジョブ理論 ~イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム~
クレイトン・M・クリステンセン、タディ・ホール、カレン・ディロン、デイビッド・S・ダンカン(著)、依田光江(翻訳)

顧客が「商品Aを選択して購入する」ということは、「片づけるべき仕事(ジョブ)のためにAを雇用する(ハイア)する」ことである。

今月は、この印象的な一文が表紙の帯に記された『ジョブ理論』を取り上げたいと思います。メインの著者であるクレイトン・M・クリステンセン氏はハーバート・ビジネス・スクールの教授であり、世界で最も影響力のある経営学者の一人と評される人物。企業におけるイノベーション研究の第一人者ですが、昨年本書を上梓し話題となったので、ご存知の方も多いでしょう。

ともすれば、AI、ビッグデータ、ロボット解析、未来予想などが万能であるかのようにはやし立てられる昨今。クリステンセン氏のこの言葉は、私の頭の中に衝撃を与えてくれました。それは、イノベーションの成否を分けるのは顧客データ・市場分析・スプレッドシートなどに現れる数字ではない、と示してくれたこと。私自身が直感的に感じていた事柄をはっきりと論理立てて示してくれたことは、目の前の「もや」が晴れるような思いでした。

ご相談者、特にビジネスリーダーを目指す方のキャリア構築をご支援するコンサルタントである私の職務は、事業や社会にイノベーションを起こしたいという個人に最適なキャリア機会をご紹介することです。そのようにして多くの方と関わる中で感じていたのは、イノベーターとは、角を曲がる前から能動的にアクションを起こせる人であるということ。目に見えるものや事実からだけではなく、自分の頭に何らかの未来の絵が見えればそこに向かって全力で角を曲がってゆける人だと。彼ら・彼女らは、たとえその未来の概念を空想と言われても、はたまた角を曲がったところが地獄であったとしても、全力で角を曲がる勇気と体力、気力と技術を持っている人々だと思います。彼ら・彼女らの共通項には、この「ジョブ」に敏感であるという能力があるのかもしれません。ですからクリステンセン氏の指摘は、私には至極腑に落ちるものでした。

また、アクシアムという会社の経営者でもある私は、自分がビジネスを行う労働市場(キャリアマーケット)について、いわゆる一般の消費市場とは異なる特性を持っているように長らく感じていました。労働市場には売り手である個人と買い手である採用者(企業)があり、その仲介をすることで私たちは買い手側からフィーを手にしています。そのようなビジネスを続ける中で、当然ながら一般消費財におけるマーケティング理論やノウハウを、なんとか労働市場という場でも応用できないものだとろうかと、様々な活動をしてきました。ですが、顧客データや市場の分析からは一定の成果はあるものの、やはり人は人なり、人によって、時によって、状況によって成功のパターンが違うという思いをぬぐえなかったのです。ですからクリステンセン氏のこの理論は、二重の意味ですっきりと腹落ちできるものでした。

本書の中でクリステンセン氏は、顧客の目的はプロダクト/サービスの購入ではなく、自分自身の「進歩(プログレス)」であるとまで主張しています。これは「ニーズ」や「フレーム」といった切り口とは全く異なる発想です。この発想・視点は、私自身の今後の仕事にも大いに役立つのではと思っています。

本書の冒頭の章で「ミルクシェイク」の逸話が紹介されています。あるミルクシェイクを売るチェーン店で数ヵ月をかけて来店客を調査し、ミルクシェイクを買う典型的なプロファイルの客にヒアリングを行い、もっと売れる商品を開発するためにはどのような点を改善すればいいかを調べたプロジェクトです。改善点としては値段、味、甘み、大きさ、ユニークな形などを思い浮かべてしまいがちですよね。ところがそのどの改善策も功を奏しませんでした。クリステンセン氏率いる調査チームは、「顧客が片付けるべきジョブ」に注目し、来店客の生活に起こったどのような「ジョブ」が、彼らを店に向かわせ、ミルクシェイクを購入させたのかという切り口から分析を試みたのです。

結論としては、朝の購入者は自動車の通勤の際に購入し、彼らにとっての「ジョブ」は「運転時間に気を紛らわせること」、「昼食までの空腹から逃れること」でした。また、午後や夜の時間では、たとえ同じ客だったとしても、まったく違った「ジョブ」のもとでミルクシェイクを購入していることも明らかになりました。一緒に来店した子ども達をなだめ、愛情を示すため購入していたのです。つまりミルクシェイク自体の味や値段は問題ではありませんでした。この店は、来店客の購入目的、片づけたい「ジョブ」に目を向けることで、売上を上げることができました。

このように、顧客の行動を見つけることで「ジョブ」を見つけ出す・・・これは、皆さんのキャリアを成功させるためにも絶対に必要な発想・視点であるように思います。本書にはきっと皆さんにとって、ご自身のビジネスはもちろん、キャリア開発やキャリアデザインという点でも活かせるチップがたくさん詰まっているのではないでしょうか。

ジョブ理論 ~イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム~ 出版社:ハーパーコリンズ・ ジャパン
著者:クレイトン・M・クリステンセン、タディ・ホール、カレン・ディロン、デイビッド・S・ダンカン(著)、依田光江(翻訳)

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)