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2021年12月

Amazon Mechanism (アマゾン・メカニズム)― イノベーション量産の方程式
谷 敏行 (著) 

バブル崩壊後、約30年間にわたり日本経済の成長が停滞し、イノベーションを生み出せなくなってしまった原因は何かといえば、多くの行動経済学者が主張してきたとおり、日本社会が「リスクアバース(リスク回避/嫌忌)型」であることにあると思われます。

今回ご紹介する『Amazon Mechanism (アマゾン・メカニズム)― イノベーション量産の方程式』の著者である谷敏行氏は、クリティカルな視点と自らの体験からきた気づきを体系化し、さらに多くの原因や問題提起を本書で行っています。そして問題提起に留まらず、それぞれの問題に対する具体的解決法を提案しています。「日本企業は今からでも、イノベーションを組織的に連続して起こす仕組みを生み出すことができる」と力強く提唱しています。また組織のみならず、同時に現在経営の職にある人や、リーダーを目指す人にも、多くの提言を記してくれています。

谷氏は、まだ恵まれた時代であった80年代に、ソニーにてのびのびとした環境でエンジニアとして開発に取り組み、キャリアをスタートされました。戦後から89年のバブル崩壊まで、半世紀ほど続いた経済発展モデルの時代です。その中で谷氏は、「イノベーションが生まれても、それを社会に実装できなくなってきた。あるいは、生み出せなくなってきてしまった。なぜそうなってしまったのか?」という疑問を抱くようになりました。そして会社から選抜されビジネススクール(米ニューヨーク大学)へ留学、MBAを取得されています。

その後は、外資系大手戦略コンサルティングファームのアーサー・ディ・リトル、シスコシステムズ、日本GEで要職を歴任。その間に外資系企業の強みやリーダーシップを学びましたが、同時に外資系企業であってもマトリクス組織などの弊害やデジタル化にうまく推移できずイノベーションを起せない組織経営になっていることに気づきます。そして2013年、アマゾンジャパンへ入社。2019年までエンターテイメントメディア事業本部長、アマゾンアドバタイジング・カントリーマネージャーなどリーダーとして活躍されました。

それらの道のりを経て、ソニー時代に最初に抱いた「インベーションを連続的に生み出す組織やリーダーとはどうあるべきか」という問題意識への回答を得たと語っています。約30年間にわたり問い続け、深く考え続け、追い求めてきた谷氏だからこそ、書き上げることができた書といえます。

冒頭でまず、『アマゾンのイノベーション量産の方程式』が紹介され、この方程式を谷氏の30年間の経験の流れに照らしながら分かりやすく解説、また同時にプラクティカルに提言していく章立てになっています。

アマゾンのイノベーション量産の方程式
【ベンチャー起業家の環境】×【大企業のスケール】-【大企業の落とし穴】=【最高のイノベーション創出環境】

序章 シリアルアントレプレナーとジェフ・ベソスの共通項と違い
第1章 「普通の社員」を「起業家集団」に変えるアマゾンの仕組み・プラクティス
第2章 大企業の「落とし穴」を回避するアマゾンの仕組み・プラクティス
第3章 経営幹部「Sチーム」の果たす役割
1.大企業のスケールを社内起業家に与える仕組み・プラクティス
2.イノベーションに適した環境を育む仕組み・プラクティス
3.メカニズムに魂を吹き込む仕組み・プラクティス
第4章 イノベーション創出に関するベソスのキーフレーズ
終章 なぜ今あらゆる企業と個人にイノベーション創出力が必要なのか?

またその中で、26項目の実践的提案がなされています。

詳細は本書を読んでいただくためにここでは述べませんが、アマゾンでは全社員がリーダーシップを活かせる会社となっていること、イノベーションを生み出すメカニズムを持っていること、「Our Leadership Principles」(※1)と呼ばれる信条が重視され、それが上手く活かされていることなどが説明されています。リーダーシップの中でも特に「Customer Obsession =顧客起点」が徹底されていることがとても分かりやすく語られています。アマゾン成長の源泉は、この「Our Leadership Principles」に秘められていると言っても過言ではありません。他にも、シングルスレッド式命令系統のメリット、アウトプットよりインプットが重視される組織、などについて、とても理解しやすく解説されています。

本書は、時代の変化に飲み込まれず複数の企業を経て、異なる責任や環境に身を置きながら、常に「時代変化とイノベーションを生み出すメカニズム」について考えて続けてきた谷氏だからこそ書き上げられた良書です。まさに“展職”を実行した人でないと書けない内容だと感銘を受けました。

谷氏は、つねに人生の問題意識や目的意識を抱きながらも「リスクアバース」の落とし穴に落ちないで、リスクを伴う転職に果敢に挑戦し、キャリアのイノベーション・開発に継続的に成功されました。本書は、そんな谷氏の経歴書、レジュメとも読めます。読者は、著者の視点で氏のキャリアの変遷を疑似体験することができます。きっと20代、30代の方が読めば、キャリアの転機に「リスクアバース」に陥ることなくキャリデザインを描き、さらにキャリアを発展させる決心を後押ししてくれることになると思います。

本書の最後に著者は、「日本に絶好のチャンスをもたらす5つの技術の波が来ている」「破壊的イノベーションに無縁な仕事など、どこにもない」と指摘しています。そしてソニー時代にまだ在籍されていた井深大氏が、当時の幹部が集まる社内会議の場で「デジタル化はパラダイムシフトではない」というテーマで語った以下の言葉を引用し、締めくくっています。

“「パラダイム」とは、「ある時代や分野において支配的模範となる『物の見方や捉え方』を指します。(中略)大衆の人全部が全部信じて疑わないこと、これがパラダイムなんですね。しかしパラダイムというのは決して真理でもなければ、永久にそれが続くわけではない」”

“「デジタルだ、アナログだ」なんてのは、ほんと道具だてにしか過ぎない。”

“モノと心と、あるいは人間と心というものは表裏一体である、というのが自然の姿だと思うんですよね。それを考慮に入れることが、近代の科学のパラダイム打ち破る、一番大きなキーだと思う。(中略)ハードウェアからだんだんソフトウェアーズが入ってきて、だいぶ人間の「心的」なものが出てきたんですけれども、まだソフトウェアーズというと、なんだか分かんないんですよね。ソフトウェアーズの意味もいろいろありますけど、もっと単刀直入に人間の心を満足させる、そういうことではじめて科学の科学たる所以があるので、そういうことを考えていかないと21世紀には通用しなくなる、ということをひとつ覚えて頂きたいと思います。”

そして谷氏は、この井深氏の言葉を、以下のように解釈・説明しています。

「モノと心が別次元に存在するというパラダイム(常識)」が覆って、「モノと心が表裏一体で存在するというパラダイム(常識)」に移行するタイミングに来ているということです。このような井深氏の考えを、イノベーション・プラットフォームの波と併せて私の解釈で表現すると、以下のようになります。蒸気機関車や鉄道の発明に始まり、科学技術が進化する過程において、かつて人間が抱えていた物理的な不満の大部分は解消されていった。(中略)物理的不満が解消されるまでの時代、モノと心は別々に独立したものと考えられていた。物理的ニーズが満たされた後、次の方向を見定めるにはモノと心が一体であるという認識に立つべきだ。そして科学は、満たされない人の心の欲求を先回りして察知し、それを実現するソリューションを提供するために使われるべきで、それを可能にするのがソフトウェアではないか。井深氏は、このようなこと伝えようとされていたのだと理解しています。

これはまさに井深氏の言葉をかりた著者の主眼であり、これからのビジネス、あるいは個々人のキャリアディベロップメントにおいて、金言となる提唱ではないでしょうか。

(※1)アマゾンでは、採用においても、社内の行動・判断・評価においても14の「Our Leadership Principles」を重視しています。サイトでも公開されていますので、ご参照ください。

Amazon Mechanism (アマゾン・メカニズム)― イノベーション量産の方程式 出版社:日経BP
著者:谷 敏行 (著) 

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)