転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2020年4月~6月 
2020.04.09

新型コロナウイルスが、労働市場・転職市場に与えた変化

※本稿は、2020年3月31日に執筆した内容です。文中の数値等は執筆当時の政府発表・報道内容となっています。ご了承ください。

アクシアムでは、3月はじめから全社員がリモート勤務をはじめ、自宅で通常の業務を遂行しています。求職者と求人者、双方の相談をお受けしながら、キャリアコンサルティングと採用支援コンサルティングに注力し、途切れることなく仲介業務を継続しています。

新型コロナウイルスの感染被害はすでに大きな経済的打撃を与え、労働市場にもマイナスの影響を与えています。働く人々や経営者の皆さんからの声には、強い警戒感と危機感がにじみ出ています。残念ながら感染拡大には歯止めがかからず、日々状況が悪化し、短期間での収束は難しいように思われます。いま政府だけでなく、私たちが取るべき選択によって、未来が変わる事態になってしまいました。過去にこれほど“転職市場の明日を読む”ことそのものが難しかったことはありません。

数年前から繰り返しお伝えしてきたように、長らく続いた労働市場における求人数の増加傾向が反転し、売り手市場がついに潮目をむかえました。ただその原因が、金融破綻でも経済破綻でもなく、高い感染力をもつウイルスによるパンデミックであるとは、世界中の誰も思いつかなかったでしょう。労働市場全体で求人数が減少し、採用活動の停止、リストラ、一時解雇、雇用凍結などが起こってしまいました。しかし、そのような状況下でも、一部では力強い求人が継続しています。弊社に新規求人の依頼があるのです。それは、改革や革新を推進する、リーダーを求めるニーズです。社会の構造変化を支えるための、いわばファンダメンタルな需要はなお強く残っているということなのでしょう。

今回のコラムは、以下のような構成とさせていただきます。皆さんが心配されている「大失業時代につながるのか?」という問いにもお答えしながら、キャリアデザインを考える参考にしていただければと思います。

⑴ 新型コロナウイルスの現状(備忘録代わりとして)
⑵ 新型コロナウイルスが1-3月期に労働市場に与えた影響
⑶ リーマンショック後の労働市場の変化と、新型コロナウイルスが与える労働市場への影響の違い
⑷ 不安を抱える方へのメッセージ

⑴ 新型コロナウイルスの現状(備忘録代わりとして)

新型コロナウイルスの感染拡大の勢いが日々衰えません。日本のみならず世界の産業と雇用に打撃を与えていますが、この先も人類に大きな変化を与えることは確実です。多くの知識人が発信しはじめているように、ウイルスとの闘いに対して短期での収束は期待できず、マラソンのように長期化されることが想定されはじめました。年初あたりの楽観的シミュレーションには、残念ながらなりませんでした。

日本国内では武漢からの帰国者をむかえ、横浜での豪華客船の船内感染、さらにクラスタ感染が始まり、東京などでも外出禁止の要請が行われるに至り、3月11日にはWHOによる世界的な大流行「パンデミック宣言」が行われました。医療崩壊を引き起こしかねないギリギリの状況となり、オリンピック・パラリンピックが1年後の開催に。3月26日には日米欧や新興国を含む20カ国・地域(G20)の首脳がテレビ会議を行い、新型コロナウイルスとの闘いに「共同戦線」を張って臨むとの共同声明が発表されました。経済的打撃を回避しながら感染拡大を防ぐために、医療施設の能力を増強して官民によるワクチン開発などを加速することで、世界が同一の目的をもって協働することになりました。

同時に、世界経済に5兆ドル(約550兆円)超を投入すると表明されました。そして、日本政府を含め各国それぞれの中央銀行は相次いで金融緩和策を打ち出しましたが、金融市場の混乱は収まらず、今後政府による大規模な財政支出を伴う総合的な対策や多岐にわたる対策が打ち出されることになりそうです。その規模は、2008年のリーマンショック以降に行われた規模を超えることが想定されています。いずれにしても、スピード感をもってそれらの対策が即時施行されることを期待したいところです。

現在の日本の負債は11.8兆ドル(約1300兆円)で、対GDP比は237.1%。アメリカに次いで世界で2番目の借金国です。日本政府は今回、財政支出・民間支出を合わせた事業規模で56兆円だったリーマンショック時を超える対策をすると表明していますが、具体的で一日も早い政策の実行が望まれます。しかも、重症患者の治療や医療現場のニーズにこたえる施策と、雇用保障や産業支援に資金を投入する施策の両輪が。それが実行されなければ、感染数も債務も、どちらもが幾何級数的に膨らむ最悪のシナリオとなってしまいます。世界が一つになり、立ち向かわなければならなくなりました。その先にある最善のシナリオとは、最悪の状況を脱するために人類が得た力が、はからずもSDGs時代の課題を解決できる新しい力になっていることだと個人的には願います。

⑵ 新型コロナウイルスが1-3月期に労働市場に与えた影響

日本では雇用統計の数値が1月あたりから悪くなりつつありましたが、労働市場・転職市場における新型コロナウイルスの影響は3月から顕著になりました。その特徴は以下のとおりです。

◆感染拡大防止のため多くの採用面接がオンラインに変更され、最終段階の役員、社長面接でさえ非対面で行われるようになった。

◆売上が減少した業界(外食、観光、ホテル、交通関連など)では求人を無期限停止する企業が出た。製造業でも自動車、自動車部品メーカーなどは売上減と生産停止を受けて、数か月単位で採用を停止しているところが多い。これらの業界からは人材が数多く転職市場に出てきている。

◆製薬、ヘルスケア、ライフサイエンス業界は、以前から積極採用企業が多かったが、より採用意欲を高めている企業が見受けられる。デジタルヘルスケア、創薬、ヘルスケアサービスなどのベンチャーでも求人が増加している。

◆IoT、ECなどのIT業界は継続的に求人が続いているが、ベンチャーの場合は積極採用を継続する企業と、急遽採用をストップする企業に二分されている。資金繰りを懸念するベンチャーが急増している。成長のための投資時期としての赤字は健全だが、製品開発で問題があったり、オペレーションが疲弊したり、顧客ニーズにこたえられず資金が急速に溶けているベンチャーもある。どのような性質の赤字であるかは外部からは見えにくいので要注意。

◆知名度の高いベンチャー企業の破綻はまだ起きていないが、上場・未上場にかかわらず、いずれそのような破綻のニュースが起きれば、いっきに過度のベンチャーブームは消沈するはず。将来性のある、期待できるベンチャー企業の見極めが一層難しくなっている。

◆日本の大手上場企業、商社、銀行、証券、製造業は、50歳以上の社員の早期退職プログラムを継続しており、労働市場に出てくる人が多くなった。しかしながら経験と知識を備えた50歳以上のシニアの希望に合致する求人は少なく、能力があっても行き場がない悲劇的状況が続いている。もちろん中堅、零細、再生、事業承継、ベンチャー、SDGs関連のポジションで新しいキャリアを見つける人もいる。

◆大手は内部留保に厚みがあり、デジタルトランスフォーメーション、IoT化にむけた若手人材採用はエンジニアのみならずビジネス系も活発。新型コロナウイルスの影響から採用を一部中止する企業はあるが、全面的な中止が起こるかは、今後の感染拡大状況と経済対策次第。

◆SDGs系団体、財団の求人がここ数年増加。しかし、今年に入って新型コロナウイルスの問題が起き、採用意欲は鈍化。NGO、NPOなど非営利団体への転職は20代、30代を中心に増加しているが、50歳以上のシニア人材の転職も増えた。しかしながら、スキルの高いシニア人材の本音は「高報酬の就職先がないのでSDGs関連で転職をした」「機会があれば、また高報酬の就職先に転じたい」というのが本音か。(日本におけるSDGs関連の人材不足の理由は、このあたりにあると個人的には考えています。)

◆業界にかかわらず、事業再生・事業承継のための経営人材の募集、中堅ビジネスリーダ―の募集は依然として継続。

◆新型コロナウイルスの問題は金融市場にも影響があるため、ファンド業界そのものも節目を迎えた。ファンドも、その投資先企業も正念場。そのためファンドとしては、投資先企業の経営陣に、非常時に強く常識にとらわれない人物、極めてリーダーシップの強い実績のある人材を外部から招聘したいと考えている。

◆リーマンショックを乗り越えた経験をもつファンド運営会社はその経験を生かしている。昨年までにファンドライズを完了していたところは十分な資金を調達済みで、数年程度はそれらを投資運用に回すことができる。一方、ファンドライズを完了していなかったところは、ファンドそのものの破綻につながる可能性が出てきた。しかしこのような時期にも、将来のGDPを生み出す新産業や再生可能な企業への投資・融資を途切れることなく続けることが必要。ファンドを中心に、金融全体の社会的意義が高まっている。

⑶ リーマンショック後の労働市場の変化と、新型コロナウイルスが与える労働市場への影響の違い

2007年当時、サブプライム問題に端を発し、金融機関では求人がじわじわと減少していました。それでも製造業では活発に求人を続けていたところに、2008年9月、リーマンブラザーズが破綻。同社の破綻は多くの人にとって予想外の出来事でした。多くの金融機関が債務超過に陥り、さらに連続的な破綻につながり、グローバル企業でさえ資金がひっ迫しました。株価が下がり、バランスシートが痛み、業績も悪化。外資系企業の多くが、騒動の翌週には求人を凍結・無期限停止し、リストラを発表しました。

リーマンショック後、求人は減少の一途をたどりました。その現象は2010年の夏ごろまで続きました。当時、外資系企業やファンドなどがすぐに求人を停止する迅速な対応を見せた一方で、日本企業は大手金融機関ですら、翌年の2009年の4月期まで採用は続けていました。経済状況の変化に採用活動が連動しておらず、同期性をもてず、決まった年次採用計画を期末まで続けるという不思議な状況でした。

転職活動者やMBA新卒の人にとってみると、オアシスから急に砂漠に放り出されたようなものです。2010年卒のMBA生の苦労は大変なものでした。(しかしながら“酷さ”という意味では、じつのところ2002年のアンダーセン破綻、エンロン破綻のあたりのほうが労働市場は厳しかったことを添えておきます。)

このような企業の破綻から起こる象徴的なリセッションは、かならずベンチャーに大きく影響を及ぼします。売上減、資金繰りの悪化、資金ショートがすぐに生じて多くのベンチャーが破綻に追い込まれました。そのような惨憺たる状態から復活できたのは、債務不履行に対して中国資本や中東資金が世界中に投入され、そのことで景気浮上が可能になったからだといわれています。

さて、今回の新型コロナウイルス問題の以前から、2008年とはけた違いで負債総額がすでに膨らんでおり、もともと金融の専門家からは、ここ2年ほどの間にリーマンショック以上の危機の到来を懸念する声があがっていました。私は金融、経済の専門家ではないので詳しい内容は割愛しますが、「債券デリバティブ」「レバレッジ」「国の債務」「教育ローンやカードローン」などいわゆる借金が膨張しすぎている、中国からの資本が想定通りには出てこない、中国国内での企業の破綻がみられる、市場の成長性が期待よりも下回っている、など様々なマイナス原因が指摘されていました。

日本の労働市場はといえば、2010年から約10年間、連続して増加傾向にあった求人が、そろそろ逓減してきた感がありました。金融破綻がいまだ起きず(政府や中央銀行や金融機関の協働の成果で抑え込まれていたのかもしれませんが)、反転する時期が先送りされていたところに、新型コロナウイルスの問題が起きたわけです。

ただリーマンショック時と異なるのは、すべての求人が一律にストップしていない点です。金融業界でさえ積極的な採用を続けている会社があります。前述しましたが、ベンチャーキャピタルやPEファンドなどですでに資金調達を完了したところは、数年間は投資活動に問題はなさそうです。これらのファンドが投資しているベンチャー企業、再生企業や資本提携先、あるいは事業継承支援先などは、まずは安心できるでしょう。ライフサイエンスやAI、ロボットなどの研究開発型ベンチャーなどは2~3年の研究開発が可能です。しかし、調達途中だったファンド、そしてその投資先は、これから苦境に立たされそうです。

事業会社でも、まだ採用に意欲的なところがあります。実際、弊社にも新規求人の受託があります。今回の問題で積極的に営業ができない外食産業、エンターテインメント関連はいっきに求人が消えてしまいました。ただごく一部ではありますが外食産業でも、積極的な採用を行っているところもあります。医薬品メーカー、医療機器、ライフサイエンス、バイオベンチャー、医療サービス、デジタルヘルスケアなどは、当面は求人が継続すると思われます。感染拡大が収束すれば、プロダクトを持つ企業群よりも、プロダクトを持たない企業群のほうが、早期に求人を再開するのではと個人的には感じています。

リーマンショックの際には、求人が約2年減少を続け、最終的には1割にまで激減してしまいました。新型コロナウイルスの影響がどこまで求人数を減少させるかわかりませんが、同様に最悪のシナリオをたどれば、2022年の夏までその減少が続くでしょう。

ただ、視点を変えてあえて楽観的にとらえるとすれば、求人過多・完全売り手市場と言われる状況は終わりましたが、数は少なくなっても経済活動が厳しい中で出てくる求人こそ、絶対に必要な人材を求める声として重要と考えられます。大恐慌を懸念する声も聞かれますが、リーマンショックの時とは異なり、決してすべての求人が消滅することはないと私は思っています。新型コロナウイルスの感染拡大と戦うための、新しいサービス、業界、職種というものもきっと出てくる、そこに新たなキャリアチャンスも生まれるのではと考えています。

⑷ 不安を抱える方へのメッセージ

そもそも働き方改革の重要性が指摘されていた中、今回の問題を受けていっきにリモート勤務をスタートさせた企業も少なくないでしょう。新型コロナウイルスの影響はリモート勤務のみならず、外出規制や学校の休校処置などを起こし、企業にも個人にとってもこれまで体験したことがないような日常生活の変化をもたらしています。私の知る限り、尊敬すべき先人である経営者たちは、危機に直面した際には「人間らしく考えること、ふるまうことが重要になる」「あらゆる種類の企業にとって、社員や顧客の安全、健康が重要となる」と説いています。

感染の拡大状況、政府の発表、医療現場の状態、治療法の研究…氾濫するニュースの中には不確実な情報や不安を煽る情報も多く、人々の感情に影響を及ぼし、ストレスとなっています。ご自分のキャリアを考える際に、もはや新型コロナウイルスの影響を加味せざるを得ません。特に短期的な転職活動には今の状況をしっかり把握する必要があります。そして中長期のキャリアを考えるのであれば、After Pandemicを考えることも必要です。収束宣言が出た後、社会はどうなるのか考えなければなりません。

After Pandemicには、どのようなニーズが顕在化し、産業、職種、サービスが必要になるのか。日常生活はどうなるのか。デジタル社会はどこまで進むのか、等々。After Pandemicを様々な角度から考え、冷静に向き合える人が、この試練を乗り越えるリーダーになるのだと思います。

きっと先が見えない不安にかられ、希望を奪われてしまった人も多いでしょう。そんな絶望的の淵だと思えるような状況になってしまった際に、私はいつも、フランスの哲学者・アランの「幸福論」を開いてみることにしています。アランは「幸福論」の中で、「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである」と説いています。(個人的には、多くの方へのキャリアコンサルティングを通じて思うのは、この幸福論に似ているのですが「理性は楽観に属し、感情は悲観に属する」ということです)。

長い目でみると、After Pandemicのキャリアは、Before Pandemicのキャリアとは大きく変化するかもしれません。不要なものは淘汰されてしまい、新しい社会が必要とするものだけが存在するような。過去に戻れない以上、前を見るためには、感情的にならず理性でとらえることがより求められるのだと思います。苦しく悲惨な時に、明るい未来を信じて行動する人を、他者は楽観主義だと笑うかも知れません。しかし、そんなことに構ってはいられません。ご自分の今後のキャリアを悲観する必要はありません。どんなときにも方法や選択肢を見つけることができる、考え開発することができると、意志と理性により捉えることが、大切なのだと思います。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)