転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2023年1月~3月 
2023.01.05

市場は「自ら希望を持つ」人材を求めている

あけましておめでとうございます。
アクシアムは、創業30年目の新春を迎えることができました。

創業時から「持続可能な個人のキャリア」と「産業社会」について考察しながら、多くの方々のキャリアメイクの支援、企業の採用支援をご提供してまいりました。それらを続けることができたのは、一重に多くの方々から私たちへ「信頼」をいただけたお蔭だと深く感謝しています。

キャリアという人生の重大事に関わらせていただく者として、「信頼」を持っていただくよう努めるのは当然のことなのですが、30年の日々を振り返ると、逆に様々な場面で皆さんから「信頼」の気持ちを頂戴し、励まされることが多かったように思います。あらためて、御礼申し上げます。

さて、昨年はコロナ禍に加えロシアによるウクライナ侵攻が勃発し、長引く戦火の影響がキャリア市場にも影を落としました。特に昨年10月頃から、その悪影響が顕在化したと個人的に感じています。数十年ぶりとなる円安や大手金融機関の経営危機が報じられ、加えてグローバル企業の世界的人員削減が始まり、明らかに潮目が変わってきました。外資系大手の一部では、口頭オファーまでは出せても、正式なオファーレターの発行ができなくなる企業も見られました。

一方、グロースベンチャーやベンチャーキャピタルといった業界から弊社へ依頼いただく求人は、昨年度比で倍増しました。以前から好調であったPEファンドの求人にも迫るこの需要は、今のところまだ続いています。ただし、株価低迷などの影響から上場を延期するベンチャー企業も増えてきましたし、今後はスタートアップが激しく淘汰されるという観測も出てきています。リーマンショック直後に起きた世界的規模の採用凍結や停止を大津波に例えるとするなら、今はまだひざ下程度の波が来ている状況ですが、注視と警戒が必要です。

このような先の読めない混乱が起き、不安定の度合いが高まっていることは、社会のエントロピーが高まっている状況、つまり平衡状態が動的に揺らぎ、不均衡な状態を示しているといえます。社会や個人はそのようなエントロピーを下げよう、安定した状態に移行しようとするものです。これは自然の摂理とも人間の摂理ともいえます。「散逸構造」に関する業績で1977年にノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジンは、著書『混沌からの秩序』の末筆で下記のように記しています。

人口爆発の結果、人間社会の構造に対する科学的概念も、自然に対する科学的概念も、ともに深遠な変化を遂げる時期にあるということは特筆に値する。その結果、人間と自然の間、および人間と人間の間に、新しい関係が必要となった。われわれはもはや科学的価値と倫理的価値との、古い先天的な区別を受け容れることはできない。外部世界と内部世界とが対立し、ほぼ直交しているように見えた時代には、これらを区別することができた。今日では、時間は建設であり、したがって倫理的責任を伴うことがわかっている。

本書で多くのページを割いてきた概念―不安定性とゆらぎの概念―は、社会科学にも広められている。今日、社会は潜在的に膨大な数の分岐を内包している測り知れないほど複雑な系であることがわかっている。この分岐の存在は、比較的短い人類史の中で多様な文化が進化してきたことによって実証できる。このような系はゆらぎに対して極度に敏感であることがわかっている。このことが希望と脅威の両方を生むことになる。希望と考えるのは、小さなゆらぎでさえも成長して、全体構造を変えうるからである。それゆえ、個々の活動は無意味なこととして運命づけられてはいない。他方、脅威もある。なぜなら、安定した永遠の規則による保障がわれわれの宇宙から永久になくなってしまったようだからである。われわれは、盲目的な信頼を全く許さないような危険で不確実な世界に住んでいる。しかし、正しい希望の感触だけは、このような世界からも生じてくるであろう。」
(「結論 地上から天上へ—自然の魅力の再来/10 自然の復権」より)

プリゴジンの書は複雑系の教科書のようで、一見難解に感じるかもしれません。しかしそのメッセージは、科学の分野に留まらずじつに多くの領域で示唆に富むものです。混乱からこそ新しい秩序が生まれ、そしてそれが脅威の場合もあれば希望にもなりえると彼は主張します。小さな脅威が世界に広がってしまうこともあれば、逆に小さな希望が世界に広がり変化を起こすこともあるということです。

私は、新型コロナウイルスや戦争といった脅威にさらされている現在こそ、プリゴジンの主張をあらためて大切にしたいと思います。Web3、Deep Tech、宇宙、SDGsなど今後重要になるテーマや課題、あるいはビジネスや文化、様々な事柄で彼の著書がヒントになると思っています。

2023年の転職市場でキャリアを築いていくには、拡大を始めた脅威を注視しながらも、小さくとも正しい希望を見つけていくことが重要ではないでしょうか。市場は今まで以上に「事業に新しい展開をもたらしてくれる人材=希望をもてる人材」を求めるでしょう。私は、希望は与えられるものではないと考えます。「自ら希望をもつ人」こそ、今後の社会に必要となるはずです。自ら希望を持つ人と持てない人では、キャリア上でも益々大きな差がつくようになると思います。

新たな一年、アクシアムのスタッフ一同、小さくとも世界に広がる・世界を変えるかもしれない「希望」を抱いた方々をサポートし、また自らも「希望」をもってキャリアコンサルティングと採用支援に尽力してまいります。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)