転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2023年4月~6月 
2023.04.06

キャリアを「頭」「心」「胆」の3つで捉えること

3月に米・シリコンバレーバンクの経営破綻のニュースが世界に衝撃を与えたのも束の間、その余波はクレディ・スイスの信用不安・株価急落にまで飛び火し、ついにはUBSがクレディ・スイスを買収、同時にスイス中央銀行やスイス政府が支援を表明する事態まで起きました。

過去30年間で起きた世界的金融破綻といえば、90年代後半のアジア通貨危機に端を発した巨大ヘッジファンドLTCM、2001年のエンロンとアンダーセン、そして2008年のサブプライム問題とリーマンブラザーズなどが浮かびます。それらは日本のみならず、世界中の全産業、労働市場に大きなダメージをもたらしました。コロナ禍やウクライナとロシアの戦争の影響が続く中、今回も労働市場への直接的なダメージが懸念されます。

いったいいま何が起きて、今後、労働市場/転職市場には何が起きるのか。そしてどんどんと不確実性が高まる中で、キャリアプランやデザインはどう考えればいいのか・・・多くの方々からご質問を受けます。今回のコラムでは、私見ながら、キャリアの成功者=幸運な結果を導けた人たちの「キャリア選択の思考法」について、述べたいと思います。

「自分ごと」として捉え、怖がらずに、乗り越える

今回の金融破綻の波紋がどこまで広がるのかわかりませんが、コロナや戦争の問題が続く中、過去に起きたような金融機関破綻のドミノ現象が再現されることだけは、避けたいと願うばかりです。

これ以上金融市場がダメージを受けると、資本流動性が阻害され、人材流動も阻害されることにつながります。2009年のリーマンショックの直後は、金融関連ではリストラの嵐が吹き荒れ、新規求人も約1割にまで激減しました。事業会社においても大手企業の合併やリストラが相次ぎ、1年以上の採用凍結がありました。中小零細やベンチャーでは破綻・清算が数多く起こりました。そんな状況に陥らないように、各国政府、中央銀行、金融機関には緊急対策を講じてほしいものです。

フランスの人口統計学者/文化人類学者/歴史家であるエマニュエル・トッド氏は、昨年時点から「ウクライナとロシアの戦争は、すでに第3次世界大戦を経済戦争という形で引き起こしている」と警鐘を鳴らしていました。氏の主張は反発も賛同も巻き起こしていますが、重要な点をはっきりと示してくれていると思います。私たちひとり一人が、いま起きていることを直接自分が住む世界で起きていることとして捉えなければならない、という点です。

よく「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」といわれますが、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生は、1984年に上梓された『失敗の本質』で、「日本が第二次世界大戦で敗戦した本質的な原因は、失敗の原因などを分析するのではなく、失敗を覆い隠すようなことをして失敗から学ぶことしなかったからだ」と述べていらっしゃいます。

トッド氏や野中先生から学ぶべきことは、まずは、現在起きている金融破綻の波がどの程度まで広がるのかをしっかり注視しながら、過去の金融破綻とその後に起きたことについて「自分ごと」として思い起こし、あるいは調べ、そして不確実性の極致ともいえる今後の日本の労働市場、その危機的状況について「思考」することだと思います。

さらにいうと、「思考」するだけではなく、「行動」や「選択」をしなくてはなりません。怖がっているだけでは、乗り越えられないからです。

キャリアに関する「思考」「行動」「選択」と、「頭」「心」「胆」の重要性

本稿を読んでくださっている方には、大学生から社会人まで幅広い年齢層の方がいらっしゃいます。また転職や起業を希望している人だけでなく、求人側である人事部、経営者、あるいは株主の方々までその立場も様々です。しかし共通して申し上げられることは、全員がその社会的立場にかかわらず、同じ時代に等しくコロナ禍や戦争、金融危機という状況下にあって、全員が「思考」「行動」「選択」を迫られることが多くなっているという点です。

不確実性が高い状態では、過去の常識が通じなかったり、過去の経験からだけでは答えを導けなかったりします。私は常々、キャリアを「頭」「心」「胆」の3カ所で捉えてください、と個別のご相談のなかでお伝えしてきました。

まず、「頭」というのは「思考」することです。キャリア戦略や合理的判断を指します。キャリアを考える方法や方程式が沢山あっても、方程式に入れるデータが違えば、解が変わります。ゲームに勝つスキルや知識があっても、ゲームを変えれば勝敗すら変わってしまいます。ですから不確実性が高い状態においては、ロジック、理屈、常識的判断だけでは、ミスチョイスを引き起こすこともあります。戦略的に考えることは必要ですが、それだけでは足りない事態も起こります。

つぎに、「心」。これは「行動」を伴います。経験による個人の価値観や好き嫌い、何に対してアドレナリンが出て意欲的になれるのか。それらの反応には、この「心」による影響が大なのですが、頭の中だけで好きか嫌いかを判断することはできません。食べたことがないものを頭で識別することは難しく、実際に食べないと本当に好きか嫌いかは分からないのと同じことです。

ただ人間には科学と文化があるので、毒だと分かっているものや毒だと永らく伝わっているものを予め排除することはできます。しかし、未知の食べ物についてはわかりません。

仕事(キャリア)について同様に考えてみると、未知のものの好き嫌いを本当には分からないけれど、経験者など色々な人に話を聞いて疑似体験する、という方法はとれます。求人への応募前に応募すべきかあれこれ思案するだけではなく、説明会やカジュアル面談などを通じて経験者の話を聞いてみる。そうすれば、理解そのものを深めるだけではなく、「自分がどう感じるか」を確認することができます。このような行動は、とても重要だと思うのです。「選択」の前に、自分がどう感じるのか。そんな風に「心」で選ぶことを「経験による直観」と呼ぶ方もいます。

最後に、「胆」は英語では「Aspiration」であると私は考えています。これは、現在のような不確実性が高い社会においては、「頭」や「心」以上に重要度が増してきました。「頭」と「心」を十二分に使って、それでもなお決められない・選択できない時には、自分の「胆」で決断すべきと思っています。言い換えれば「本能に聞く」ということになるかもしれません。あるいは、生存本能と言ってもいいのかもしれません。正しい情報を選び(これは大前提です)、自分らしく感じること。そして自分の生存本能に聞いてみることが、キャリアの成功のためには今後益々重要になってくるのではと思っています。

ただやっかいなのは、「胆」はたいていの場合、「行くべき道」を示すのではなく「行くべきでなはない道」を示す点です。「そっちは何となくだめだぞ」というやつです。「こっちが良さそうだぞ」と示してくれるのは、「心」の部分です。多くの人は「心」と「胆」を取り違えて、ミスマッチを引き起こします。逆もまたしかりで、「胆」=生存本能ではなく、文字通り「心」を奪われた状態で決断してしまい、思う結果にならなかったということも起こります。

自分は十分に「思考」し「行動」したか。そして、いま自分は自らのどの部分で感じ、「選択」しようとしているのか・・・それらを意識するだけでも、後悔のない結果につながるのではと思います。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)