転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2023年7月~9月 
2023.07.06

報酬制度改革が、企業と個人のキャリアの明暗を分ける

最近、大手外資系企業や著名なベンチャー企業などから、30代・40代の実績ある優秀な方が解雇通知を受け、5年ぶり、10年ぶりに弊社へキャリアや転職の相談にこられることが目立つようになりました。その方たちには十分な実力があり、所属企業に長く勤めて昇進もし、キャリアを順調に発展させてきた人々です。過去、リストラの嵐が吹き荒れた時期には、このようなタイプの方はキャリアマーケットに出てきませんでした。単なるリストラというよりも、いま日本の産業構造そのものが変わろうとする節目にあり、そのことも彼らのマーケットインに影響しているような気がしています。

総務省・統計局 「労働力調査」(2023年6月30日公表)によると、2023年5月の完全失業率は2.6%で前月と同率でした。就業者数は6745万人で、前年の同月に比べ15万人増加しています。完全失業者数は188万人。前年の同月に比べ3万人減り、3か月ぶりの減少となりました。2%台の完全失業率は、国際比較してみても極めて低い数字です(参考資料:世界の失業率 国別ランキング・推移)

日本はかつてアメリカ、イギリス、オランダ、スウェーデンの失業率を上回った時期もありましたが、現在では主要国の中で最低レベルにまで改善しており、再度、低失業率の国の地位(2022年度の統計で2.56%、98位)を取り戻しています。ただ、景気や雇用情勢が好転したことによる数値の回復というより、世界に大きな変化が起こっても、全体として長期雇用を前提とした日本企業の特徴が変わっていない(変えられなかった)からとも受け取れますし、コロナ禍を経て一気に労働力不足が懸念される状況になっているからとも考えられます。個人的には、日本における失業率は不自然に低いまま維持されており、そのデメリットも出てきてしまうのでは、と懸念しています。

一方アメリカは、6月2日に5月の雇用統計を発表しました。これは、世界中の金融機関や政治家が関心をもつ統計です。前月に53年ぶりとなる3.4%にまで低下した失業率は、5月には3.7%と予想外の大幅上昇となりました。

失業率やランキングだけで各国の経済事情や雇用問題を述べることはできませんが、10%以上の高い失業率となっている国の雇用の厳しさは明らかに紛争や震災などが原因と思われる一方で、EU内でも失業率が4%から8%程度に高まっている国が見受けられます。デンマーク、オランダ、ドイツ、フランス、スウェーデンなどです。これらの国の共通点として、エネルギー問題に積極的に取り組み、国も株主も、化石燃料からの脱却を目指した「労働者の移動」へ舵を切り始めている側面があるのではと思っています。

ある報道番組で、脱炭素に向けて国の政策を転換したオランダで、長らく炭鉱の地下深くで働いていた方が、今では風力発電のエンジニアとして海抜120メートルの発電機の上で仕事をし、後輩の指導に当たっている姿が取り上げられていました。日本も産業変遷に向けて、勇気をもってDXやGXへの資本再投下、労働者のリスキリング、報酬制度改革(賃金アップ)を加速していく必要があるのでしょう。

特に、報酬制度改革の成否は、今後ますます企業の明暗を分けると実感しています。

実際、報酬を上げることができない企業の厳しい状況は、キャリアマーケットでもよく耳にします。特に外食、教育、介護、ライフサービスにかかわる業界で顕著なのですが、社外からスキルを備えたリーダーを登用することができずにいる企業は、海外展開やデジタル化が思うように進まず、業績回復に至っていないようです。一方、報酬や待遇を大きく改善した企業では、一気に成長の波を生み出すことができています。例えば部長クラスの採用で、報酬を市場価格にあわせて50%アップし、社内にいないタイプの優秀な人材の採用を成功させた会社もありました。

ちなみに、外食、教育、介護、ライフサービスといった業界についてはPEファンドの多くが高い関心を持っており、投資先企業における経営人材やビジネスリーダー、あるいは事業開発責任者やCFOサポート、CEOサポートの募集が活発になっています。それらのポジションの報酬レンジは、概ね業界標準を超えています。

個人(求職者)側の視点でみると、外部資本にも政府の補助金等にも頼ることなく、報酬アップや待遇改善を行っている企業は、これからの発展が期待できるところといえます。上場したベンチャー企業などの中には、歴史にこだわりがなく、上場後も自己改革や良い意味での変身を続けている会社が目立ちます。「IPOを目指してチャレンジしているベンチャー」でのキャリアに関心を持つ方は多くいらっしゃいますが、「IPO後もチャレンジを続ける企業」でのキャリアにも、もっと注目をしてもいいのではと感じます。あるいは、歴史がある会社でも本質的にチャレンジをしている、報酬や待遇や働き方を次世代型組織に合わせようとしている企業を見つけることが、これからのキャリア構築の成功のポイントになりそうです。

グローバル化が進んだ日系大手企業(特に商社)は、この10年で報酬制度改革を行い、報酬の国際水準化を果たし、デジタル化、DX、GXもそれなりに進みました。PER(株価収益率)とROE(自己資本利益率)の両面で評価される状態となり、新しい雇用にも意欲的です。それに比べ、ミドルサイズの日系企業は、報酬制度改革もDX、GXも立ち遅れているといえます。

ミドルサイズの企業こそ、持続可能な企業となるために自発的に報酬制度改革を実行し、企業文化を大きく変えるような変革を担う経営人材・幹部の採用を行う必要がありますし、今はまさにそれを実施するチャンスだと思います。冒頭に申し上げたように、いわゆるリストラをされて転職を余儀なくされた幹部経験者ではなく、スキルセットの高い30代・40代のJOB型人材、リーダーシップを備えた人材がマーケットに出てきています。ぜひ企業側には次世代型組織へと変身すべく、このチャンスを活かして優秀な人材を獲得いただきたいですし、個人(求職者)には、報酬・待遇・働き方を含め変革をしようとチャレンジしている企業を見極め、今後のキャリアを選択いただきたいと思います。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)