転職コラム”展”職相談室

キャリアや転職に関わる様々な疑問・お悩みなどに、アクシアムのキャリアコンサルタントがお答えします。

“展”職相談室 第88回
2010.07.08

オファーが出た企業に入社承諾を出したが、現職の会社の会長に慰留されてしまった。転職を取りやめたい。

システムコンサルタントからマネジメントを目指して企業派遣でMBA留学をさせてもらい、昨年卒業し復職しました。復職して1年が経過し30歳が目前となった今、外資系経営コンサルティング会社からオファーをもらい、転職するなら今しかないと思い、オファーを受ける決心をしました。入社承諾書を提出した後、現職に転職の意向を伝えたのですが、お世話になった会長に慰留され、説き伏せられてしまいました。会長から「現職であと10年もやっていれば最年少役員にもしてやるつもりだった。外資系戦略コンサルティング会社に転職したとして、そこで10年やってもそこのパートナーになれるわけでもないし、現職のほうが経営を目指せる。戦略コンサルティング会社からまた事業会社に転職して経営者になるなどという甘い考えは捨てろ。」と一喝され、説得されてしまったという状況です。やはり恩義のある会長を裏切れないという思いもあり、転職を取りやめるつもりです。先方に謝るつもりですが、どのように謝ればいいのでしょうか?

Answer

本来、転職活動の前にそのような会長との関係や恩義について、ご自分でしっかり考えておくべきでしたね。あるいは考えた末、「転職したいといっても認めてもらえる」と思っていたのだとしたら、その判断が甘かったと言わざるを得ません。 厳しい言い方になってしまいますが、「目をかけ、社費でMBAまで行かせた社員が転職したいと言い出したらその会長がどう反応するか」を十分に考えられなかった貴方のフォルトです。

質問への回答はいたってシンプルで、誠心誠意謝ること。それしかありません。入社承諾書を出していながら取りやめるのですから、それは契約不履行をするに等しく、そんな時は下手な言い訳や画策をせず、誠実にお詫びを伝えるのが一番です。「強い慰留を受けた。入社承諾をしておきながら申し訳ないが、やはり転職しないことにした。」ということを丁寧に伝えてください。決して、「入社後でもいつでも退職する権利はあるのだし、入社日にそれを取りやめるのも問題ないはず。」などと屁理屈を言ってはいけません。あるいは、形式的に入社し、数日で辞めて現職に戻ればいいなどと考えてもいけません。それは、関係者の感情を逆なでするばかりか、実害を大きくするだけです。

採用側にしてみれば、貴方が入社すると思って既に他の候補者を断っていたりするかもしれず、代わりの人材を探さなくてはならないなど少なからず損失をこうむるでしょう。それでも入社後すぐにやめられてしまうよりは、入社前に辞退されたほうがよほどましなのです。

また、冷静かつ客観的に考えれば、サインをしたにも関わらず契約を不履行にする貴方を「契約の意味を軽んじている責任感の希薄な候補者である」として、採用しなくて良かったと考えるかもしれません。

だから、とにかく早く、誠実に謝ること。これに尽きます。

ところで、同様のケースは、実は過去にも沢山ありました。 外資系企業ではこのような恩義を理由に転職できなくなることや退職を申し出てから情念的な慰留を受けることは少ないように思いますが、日系大手企業あるいは中堅企業などではよく見受けられる話なのです。

そうした過去の例を知る者としては、老婆心ながらもう一つご助言をしたいと思います。

それは、「一度退職を申し出たなら、それを取り下げてもいいことはない。転職の意志を貫いたほうがよい」というアドバイスです。なぜなら、慰留の際に提示された将来の約束は反故にされることが多いからです。

オーナー会長から慰留された、担当役員に君は後継者だからと慰留された、上司に重要な仕事を任せようと思っていたと慰留されたなどいろいろなケースを見てきましたが、筆者の知る限り、一度転職の意向を示した後に慰留をされて留まることになった場合、その後の5年、10年、15年を見るに約束どおり重要な仕事を与えられたとか役員になったという話はほとんど聞きません。多くが、重要な仕事を与えられず、約束は反故にされ、むしろ信任を失っているように思われます。結果、出るに出られずその会社に滞留しているようにしか見えないというケースが大半です。

何故そうなってしまうのか? それは、そのときは好意で慰留してくれたのだとしても、その人の内心のどこかに「裏切られた」という気持ちが残り、「またいつか裏切るかもしれない人」あるいは「そこまで信用できない人」という烙印を押されてしまっているためではないかと思われます。会社に家族的つながりを求める、あるいは感じる傾向が強い日本企業ならではの特徴なのかもしれません。

退職願は撤回できても、残念ながら、一度「退職届け」を出してしまったという事実は消せません。ですから、その点を今一度しっかり考えて見てください。 将来「やっぱりあの時に会長を恐れず、経営コンサルティング会社に転職しておけば良かった」となりませんか? 貴方は、一度「転職したいといっても認めてもらえる」と甘く考えていた節があるのですから、「このまま残ったら約束どおり役員になれるはず」という考えがいかに危険か、しっかりと認識するべきです。

入社承諾を出した会社に撤回を申し出ていない今ならまだ、もう一度現職の会長に謝り、転職すると決めた最初の意志を貫くという選択もできるはずです。一時的に会長の信頼を裏切ることは苦しくても、あるいはひどい罵声を浴びることがあっても、長期的には自分のためになるのはどちらかを冷静に考えるとよいと思います。

※こちらでは、質問と回答を簡潔に要約し、典型例としてご紹介しております。キャリアコンサルティングの現場ではコンサルタントとキャリアについてご相談いただくのはもちろん、実際の求人ポジションをテーブルに載せながら、「現実的な可能性」の検討をしています。したがって、その時々で市場動向・受託ポジションが異なりますので、「現実的な可能性」=キャリアのチャンスも様々になります。

コンサルタント

インタビュアー/担当キャリアコンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)