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2012年9月

7つの習慣―成功には原則があった!
スティーブン・R. コヴィー (著), Stephen R. Covey (原著), ジェームス スキナー (翻訳) , 川西 茂 (翻訳)

2012年7月、スティーブン・R・コヴィー氏が亡くなった。15年ぶりに同氏の書『7つの習慣』を読み直してみた。

「社会を変えたい、自分を変えたい、と願うのであれば、まずは自分の習慣を変えること」 それが本書のメッセージである。

1997年、本書を読んだ後のことだが、在日アメリカ商工会議所でコヴィー氏の息子さんであるショーン・コヴィー氏による『7つの習慣』の講演を聴いた。ショーン氏は後に若者向けに「7つの習慣 ティーンズ」を執筆するのだが、当時ショーン氏も33歳で、プレゼンにイメージ動画を取り入れるなどクリエイティブな手法で講演したのが新鮮で印象的だった。

当時の日本は、バブル崩壊に始まった、今で言う「失われた20年」の最初の5年程度が経過したところで、政治体制は崩壊し金融機関が相次ぎ破綻に追い込まれるなど経済情勢は劣悪な状態にあり、年金破綻がメディアで報じられていた。規制緩和が始まり、「変わらなければならない」と言いながらも、変わることができないでいた時代である。

本書は、日本がそのような大きな波を迎える前に発刊された書であることを記しておきたい。その時日本の人々は「個人、組織、社会が変わるにはどうすればいいのか?」そんな議論ばかりを行い、具体的な対処ができていなかったように思う。その頃を思い出しながら再読してみた。

コヴィー博士は本書の中で、日本人を尊敬する理由の一つとして「(日本人が)伝統的に相互依存、チームワーク、および協力を非常に大切にしていること」を挙げている。コヴィー博士にせよ、ドラッカー教授にせよ、日本のやり方を褒めてくださった。褒められるのは嬉しいが、それで単純に気分を良くしているだけではいけない。確かに西洋的な組織に対して日本的なチームワークの理論を応用していけば、効果的かもしれないが、日本的な組織はそもそもチームワーク重視であり調和型なわけで、それはむしろ当たり前。逆に日本の組織にはリーダーシップとその育成が重要なのではないだろうか?そんなことを考えてしまう。

本書にはアリストテレスやルソー、ビクター・フランクルなどの言葉が引用されている。偉大な思想家、変革者、リーダーたちの言葉だ。著者からの挨拶となる冒頭部分には「ガンジーが提唱した『世界に変化を望むのであれば、自らがその変化になれ』という課題に立ち向かう大きな動機づけになることを確信している」とある。本書は、「人間が自己改革するための原則」の解明に取り組んだ意欲的な書といえる。その原則は、時間の経過や社会の変化に淘汰されることのないものである。

今回改めて本書を読んでみて気付いたのだが、著者は西洋的な弁証法を唱えつつも東洋的な思想の影響を強く受けていることがうかがえる。私の勝手な推察に過ぎないが、例えば、下記のポイントなどは、王陽明が説いた陽明学(※1)がベースになっていると考えられる。

  • インサイド・アウトとは、自分自身の内面(インサイド)、すなわち自分自身の根本的なパラダイム、人格、動機などを変えることから始め、そして、外側(アウト)、他人や環境を変えるということである。
  • この本は一度通読しただけで本棚にしまい込んでおくようなものではない。読者(自分)が本の内容を教わるのではなく、読者が本の内容を他に教えることを前提に読んでみる。
  • 自分の身の周りのことに関して、自分が動かされるのではなく、自分が周りの環境に作用する。自分がコントロールできないことでなく、自分がコントロールできる、影響を及ぼすことができる事柄に集中する。
  • より良いものを持つのではなく、自分がより良くなる。
  • 万物にはまず知的な第一の創造があり、それから物的な第二の創造がある。
    (まずは人の頭の中で知的にものがつくられ、それから物的にそのものがつくられる。)
  • 個人的なミッション・ステートメント(憲法や信条)をつくる。
  • 自由意志の力を発揮し、毎日の瞬間瞬間において実行する。
  • 重要でない活動に対してノーと言う。
  • Win-Winの原則を支える5つの柱:「人格」「関係」「合意」「システム」「プロセス」
  • 感情移入を行い、人の話を深く傾聴する。
  • 一対一の時間を設け、コミュニケーションを図る。
  • 自分と他人との意見に相違が生じた時に、自分の意見を通すのでも他人の意見に折れるのでもなく、第三案を探し出す。自分と他人との相違点を尊ぶ。
  • 人の持つ4つの側面/能力:「肉体」「精神」「知性」「社会・情緒」を、定期的に、一貫して、賢明に、バランスよく、磨き、向上させ、維持して、再新再生するという習慣。
      「肉体」=食事、休息、運動
      「精神」=価値観に対する決意
      「知性」=教育、読書、計画立案
      「社会・情緒」=公的成功
  • 今までの世代で得た良い習慣は残し、悪い習慣は改め、次の世代に引き継いでいく。
  • 人間は自らを完成させることは出来ず、探究に終わりはない。

一方、王陽明の伝習録(※2)には以下のようなことが書かれている。

■致良知(ちりょうち)
「心の良知(※3)、これを聖と謂う。聖人の学はただこれこの良知を致すのみ。」

心にある良知こそ最高のものである。われわれのめざす聖人になるための学問は、ただこの良知を発現すること、これに尽きる。

■万物一体の仁(ばんぶついったいのじん)
「それ人は天地の心にして、天地万物は本吾が一体の者なり。生民の困苦荼毒は、孰か疾痛の吾が身に切なる者にあらざらんや。吾が身の疾痛を知らざるは、是非の心なき者なり。是非の心は、慮らずして知り、学ばずして能くす。所謂良知なり。」

そもそも、人間は天地の心で、天地万物は我と本来一体のものです。だから一般人民の困難苦痛害毒は、いずれもわが身に切実な痛みでないものはありません。もしわが身体の痛みのわからない人があるなら、それは是を是とし非を非とする心のないものです。是非の心は、考えないでもわかり、学問しないでもできるところの、所謂良知です。

■知行合一(ちこうごういつ)
「知は行の始め、行は知の成るなり。聖学はただ一箇の功夫。知行は分つて両事と作すべからず。」

知ることは行なうことの始めであり、行なうことは知ることの実成であって、それは一つの事である。聖人の学問はただ一つの工夫あるのみで、知ることと行なうことを分けて二つの問題としないのである。


参考書籍:伝習録 (中国古典新書) 安岡 正篤 (著)、陽明学回天の思想 守屋 洋 (著)

私自身、陽明学を学び始めたばかりで薄っぺらな知識しか持ち合わせておらず、コヴィー博士の思考の深淵さには遠く及ばないが、明らかに類似する点があるように思う。また、『7つの習慣』は、陽明学に通じるところがある一方で、朱子学(※4)に近いところがあるようにも思う。陽明学はひたすらに我々の心の中に良知があるとした心学(※5)だが、朱子学は人生には目的や方向性があるべきとする原則論であるため、朱子学には陽明学の持つ大らかさや寛容性はない。それに関連して、『7つの習慣』も強いて言えば、原則重視、目的重視という点でそのパラダイムを押し付けている部分が朱子学的と感じられる。しかし、ビジネスでの成功を目的とした書である限り、あるべき論を重視し、物に至ることをよしとする朱子学に近くならざるを得ず、西洋的、方法論的な領域から離脱することができないのだろう。

私の個人的な感想はさておき、『7つの習慣』はキャリアを考える上で、10年に一度でも何度でも繰り返し読んでみる価値のある書である。興味のある方は伝習録も合わせて読んでみてはいかがだろうか。


※1 陽明学(ようめいがく) [デジタル大辞泉の解説より]
中国、明の王陽明が唱えた儒学説。形骸化した朱子学の批判から出発し、時代に適応した実践倫理を説いた。心即理(しんそくり)・知行合一(ちこうごういつ)・致良知(ちりょうち)の説を主要な思想とする。日本では、江戸時代に中江藤樹によって初めて講説された。
※2 伝習録(でんしゅうろく) [デジタル大辞泉の解説より]
でんしゅうろく 〔デンシフロク〕 【伝習録】
中国明代の王陽明の語録。3巻(うち中巻は書簡集)。上巻は1518年刊。中・下巻は死後の編。王陽明の思想・人間性を知る基本的な書物。
※3 良知(りょうち) [デジタル大辞泉の解説より]
1 《「孟子」の説から》人が生まれながらにもっている、是非・善悪を誤らない正しい知恵。「―良能」→致良知(ちりょうち)
※4 朱子学(しゅしがく) [デジタル大辞泉の解説より]
中国、南宋の朱熹が大成した新しい儒学。理気説を基本に、人の本性は理であり善であるが、気質の清濁により聖と凡の別があるとし、敬を忘れず行を慎んで外界の事物の理を窮めて知を磨き、人格・学問を完成する実践道徳を唱えた。日本では江戸幕府から官学として保護された。程朱学。宋学。道学。朱学。
※5 心学(しんがく) [デジタル大辞泉の解説より]
1 心を修練し、その能力と主体性を重視する学問。宋の陸九淵(りくきゅうえん)や明(みん)の王陽明の学問。
7つの習慣―成功には原則があった! 出版社:キングベアー出版
著者:スティーブン・R. コヴィー (著), Stephen R. Covey (原著), ジェームス スキナー (翻訳) , 川西 茂 (翻訳)