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2014年4月

ジェフ・ベゾス 果てなき野望
ブラッド・ストーン (著), 井口耕二 (翻訳), 滑川海彦(解説)

自伝、伝記、インタビューなど、人について述べる形態は様々ですが、主役自らが存命で、ポジティブな面だけではなくネガティブな面も書かれている、そしてベゾス氏という、その人となりが、(-彼が創業した、まさに彼の頭の中からしか生み出しえなかった)アマゾンという会社のあり方を通して語られている点は、非常にユニークかつ興味深く、一気に読み終えてしまうことができます。

1994年に誕生したアマゾンという、人間で言えばちょうど成人になったばかりの会社は、まだまだ青年期にあり、これからも成長目標が氏の頭の中から次々と掲げられるはずです。それが本書の「果てなき野望」というタイトルに込められています。決して過去を振り返る書物ではなく、これから彼が何をしようとしているのか、その断片が読み取れる気がしました。

本書はアマゾンのカスタマーレビューと同じく、ネガティブとも思える内容まで赤裸々に書かれています。ベゾス氏自身へのインタビューはもちろん、周りのメンバーや家族にまで数千時間に及ぶインタビューを通じて得た情報すべてから、シリコンバレーの起業家やベンチャー企業に明るいストーン氏のジャーナリストの視点で見事に描きだされたものです。その内容をベゾス氏本人が校正せず、出版することを許可している点にも注目してほしいと思います。悪いことを書かせない、日本の雑誌やTVのヨイショ記事ばかりに慣れている日本人には毒と映るかもしれませんし、アマゾンへの入社を考えている人が本書を読むと入社することを躊躇するかもしれない程の内容が書かれていますが、それは毒ではなく、はっきりとしたアマゾンの真実であり特徴であり味わいだと筆者は感じます。本当に入社を考えている論理的で熱意と野望がある人であれば、実際にアマゾンで働いているリーダーやメンバーとのインタビューや意見交換の場を通じて、きっとその懸念は払しょくされるはずです。自身の目と耳、そして頭と心で判断してみて欲しいと思います。アマゾンジャパンの社員にも聞いたところ、「確かにアマゾンという会社は論理的で徹底的に仕事に集中するため厳しいところもありますが、社員同士はフレンドリーで良好な関係です。その点はあまり書かれていません」と言っていました。

ベゾス氏という人間を示す例として、このようなエピソードがあります。著者はベゾス氏と本書についての対談に備え十分な準備をしていたのですが、対談も終わりに差し掛かった時、不意に彼から「講釈の誤りにはどう対処するつもりなのですか?」という質問を浴びせられ、冷や汗をかいたそうです。そしてこの頭の良い上司から予想外の質問を浴びせられ冷や汗をかいた社員もさぞたくさんいることだろうとも思ったそうです。このエピソードは、人間という生き物は複雑な現実に対して聞こえの良い簡略化しすぎた話をし、関係のない事実に因果関係を見出だし、わかりやすい解釈をこしらえてしまう傾向がありますが、彼はそれを容認しない人間であることを示していると筆者は感じました。

さらに、ジェフ・ベゾスという人間を表す行動、思考、環境を挙げますと、

  • 才能あふれる少年ベゾス氏の実父と育ての親
  • 大笑い
  • パワーポイントを嫌う
  • 1対1での社内面談をやめた
  • プレスリリースから遡る開発を重視する
  • 社内をうろついて制度や文化まで誤りを見つけだす
  • ライバル企業を気にしない
  • 有名ブランド企業が恐れる
  • 顧客が何を望んでいるか分かる
  • 社員を叱り飛ばす

といったものがあります。実はこれらは氏に限らず、アンドリュー・グローブ、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズなど稀代のアントレプレナー達と共通するもので、歪曲空間、癇癪持ちという特徴のようです。公の場では、ユーモアたっぷりで魅力的な人間になりますが、社内では部下を頭から丸かじりしますし、躁的な推進力と大胆さ、高学歴で頭脳聡明である点もこれらのタイプの人の共通点でしょう。

上記のような部分を読んで、人はアマゾンを躊躇するかもしれません。でも、ぜひ最後の11章まで読み進んでください。彼は持ち前の分析力で、そのアマゾンを今も愛される会社に改革し、具体的な対策を生み出そうと研究を続けています。ベゾス氏はビジネスとしての成功のみならず、顧客から「搾取している会社」と見られたくないのです。顧客から熱烈なファンがいる会社として認められたいのです。彼は発明者、開拓者として、アマゾンが創意工夫やイノベーションのある会社だけではなく、愛される会社として異彩を放つ、クールな会社としてユーザーに認めてもらえるように会社にすべく努力しているのです。

ただし、より良い会社、より良いサービスを作り出すことはベゾス氏にとっても容易なことではありません。彼はこれから始めようとしているアマゾンウェブサービスについて、「社内にアイデアが育まれるプロセスというのは、意外にぐちゃぐちゃなもので、頭に電球がともる瞬間等ありません」と述べています。アマゾンの歴史も未来も、そんな簡単・明快なものではない、現実的な判断、現実的な方法といったきれいごとではなく、とにかくやってみる事が大事だと氏は主張しているわけです。これまで幾多のその苦渋の判断、現実的な選択によって複雑な事象が連続して起こり、その結果が世界で9万名の社員、圧倒的品揃えを誇り、何よりも顧客第一主義を頑なに守り続けている、サプライヤーや株主以上に顧客を大事にしているという現在につながっています。2013年の決算が赤字となってもそれは未来に向けた投資を行った結果で、未来を語るベゾス氏には金融機関や株主から非難されることもありませんでした。利益率の低いことが戦略上重要な理由についても本書を読めば納得できます。

キャリアを考えている人に気付いていただきたい点は、もし起業を考えているのであれば、自分が立ち上げる会社は、貴方の価値観に大きく影響を受けると言うよりも、間違いなく自身の分身のようなものになるということです。成功も失敗もそれが全ての因となります。20年経っても成功しても彼ほどの人物でも、正直に言えば会社がどのようになるのか、まだはっきりとするものでないのです。

キャリアプランを模索したり、転職を考えたりしている人は、本書を読んでベンチャー企業特有の厳しさを少しでも理解してもらえるかもしれません。どの会社にも程度や中身の違いはあれ厳しい面はあります。オーナー企業は経営者が勝手な振る舞いをして会社をどんどん疲弊させていくことがあるので好きじゃない、逆に官僚的に硬直した組織経営もそれはそれで好きじゃないという人もいます。同様にアマゾンという世界を代表する成功企業にだって独自のカルチャーがあり、人によって合う・合わないがあるでしょう。世の中そんなにうまい話はなく、いいとこ取りはなかなかできないものです。

最後にベゾス氏が創業者としてどういう会社になってほしいと考えているのか、世界からどのような会社として見られたいのか、そのビジョンとして描かれている「アマゾン・ドット・ラブ」メモを記述しておきます。

  • 不作法なのはクールじゃない。
  • 小さな相手をたたきつぶすのはクールじゃない。
  • 成功者の後追いはクールじゃない。
  • 若いのはクールだ。
  • リスクをとるのはクールだ。
  • 勝つのはクールだ。
  • 愛想がいいのはクールだ。
  • 皆が共感を覚えない大きな相手を打ち負かすのはクールだ。
  • 発明するのはクールだ。
  • 未踏の地を探検するのはクールだ。
  • 征服するのはクールじゃない。
  • ライバルばかり気にするのはクールじゃない。
  • 他者がいろいろできるように支援するのはクールだ。
  • 自社で価値を独占するのはクールじゃない。
  • リーダーシップはクールだ。
  • 信念はクールだ。
  • 率直なのはクールだ。
  • 大衆に迎合するのはクールじゃない。
  • 偽善はクールじゃない。
  • 真正なのはクールだ。
  • 大きく考えるのはクールだ。
  • 意外なことはクールだ。
  • 伝道師はクールだ。
  • 金の亡者はクールじゃない。

このメモをもとに、今後さらに検証を重ね、実効性のある対策を練っていくことになると本書の最後に締めくくられています。

ジェフ・ベゾス 果てなき野望 出版社:日経BP社
著者:ブラッド・ストーン (著), 井口耕二 (翻訳), 滑川海彦(解説)