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2019年6月

行く先はいつも名著が教えてくれる
秋満 吉彦 (著)

NHKのEテレで放送されている「100分de名著」という番組をご存知でしょうか。今回とりあげるのは、その番組のプロデューサーを務める秋満吉彦氏が、人生の転機や苦悩・挫折の中で出会ったもの、何度も繰り返し読んできたもの、人生に大きな影響を与えてくれたものなど、選りすぐりの“名著”をご自身の人生の軌跡に沿って紹介した『行く先はいつも名著が教えてくれる』です。

本書を一読して感じたのは、人生と名著、それぞれがまるでお互いに導かれているように思えたこと。人生のドン底だからこそ、その本を手に取ったのか。心に沁み込んだのか。もしドン底で手に取らなければ、その本たちには目もくれなかったのではなかろうか…。まさに本との出会いのタイミングの機微、面白さを感じました。

また、「名著こそ人生を導いてくれるもの」と作者は述べているのですが、その名著をどのように読み取るかによって得られるもの=人生への影響は大きく変わりますよね。ですから、その本が示してくれるのは、これから先の“人生の道筋”ではなく、その人の“今の姿”であり、それを鮮明に照らしてくれるものが名著なのではと思いました。

著者同様、私にも若い頃に読んだ際には気づきもしなかった一文が、年を経て心に刺さった体験があります。その頃に本に引いた赤線の部分よりも、深いことを述べている箇所が後になって見つかることはよくあります。しかし、決して若い時に受けた印象が古くなったり、それらの内容が馬鹿げたものという印象に変容したりすることはありませんでした。年月を重ね、自分の価値観が大きく変わることはなかったものの、経験値が増え、人生に対する理解度が深まったからではないかと個人的には思います。

それでは、各章で取り上げられている“名著”の数々をご紹介しましょう。既にお読みになったものがあるかもしれませんが、再び手に取ってみると、また違った発見があるかもしれません。

第1章 「夢」や「希望」はかなえられる?
◆思いもよらない形でかなう「夢」や「希望」――フランクル『夜と霧』
◆自分の中の未知なる可能性に出会う――河合隼雄『ユング心理学と仏教』

第2章 困難や挫折と向き合う
◆「余白」として働いてみる――岡倉天心『茶の本』
◆待つことの創造性――神谷美恵子『生きがいについて』

第3章 「働くこと」の意味とは?
◆相手の本質を引き出す働き方――レヴィ・ストロース『月の裏側』
◆働くことは、自らをいたわり、ねぎらうこと――宮沢賢治「なめとこ山の熊」

第4章 人間関係に悩んだときに
◆対立する人の心を動かす――ガンディー『獄中からの手紙』
◆どんなよい方向も偏れば具合が悪くなる――『維摩経』

第5章 「幸福」になるには?
◆「成功」と「幸福」は異なる――三木清『人生論ノート』
◆「星の時間」を準備するもの――ミヒャエル・エンデ『モモ』

第6章 「老い」と「死」を見つめる
◆「老い」と上手に付き合う――『荘子』
◆死を「物語」として受け容れる――『歎異抄』

どの“名著”も、私にとってはすぐに読みたくなるものばかりでしたが、いかがですか?

本書では、著者がこれら12冊をはじめ、関連の書籍から名言の数々を抜粋し紹介してくれているのですが、その中で私の心に最も深く残った箇所を記載させていただきます。

◆レビィ・ストロース 『月の裏側』より
・私は「はたらく」ということを日本人がどのように考えているかについて、貴重な教示を得ました。それは西洋式の、生命のない物質への人間のはたらきかけではなく、人間と自然のあいだにある親密な関係の具体化ということです。
・(西洋の)抽象画家、特に「叙情的」ジャンルの画家は、作品のなかに自分の個性を表現しようと務める。だが禅僧(仙厓)は、世界の何かが彼を通して表現されるような、非現実的な場を求めている。
・『悲しき熱帯』を書きながら、人類を脅かす二つの禍―自らの根源を忘れてしまうこと、自らの増殖で破壊すること―を前にして不安を表明してから、やがて半世紀になろうとしています。おそらくすべての国なかで日本だけが、過去への忠実と、科学と技術がもたらした変革のはざまで、これまである種の均等を見出すのに成功してきました。(中略)日本の人々が、過去の伝統と現在の革新の間の得がたい均等をいつまでも保ち続けられるよう願わずにはいられません。それは日本人自身のためだけに、ではありません。人類のすべてが、学ぶに値する一例をそこに見出すからです。

◆ガンディー『獄中からの手紙』 より
・よいものはカタツムリのように進む

◆三木清『人生論ノート』より
・感情は主観的で知性は客観的であるという普通の見解には誤謬がある。むしろその逆が一層真理に近い。感情は多くの場合客観的なもの、社会化されたものであり、知性こそ主観的なもの、人格的なものである。

◆河合隼雄 『河合隼雄の幸福論』より
・幸福ということが、どれほど素晴らしく、あるいは輝かしく見えるとしてもそれが深い悲しみによって支えられていない限り、浮ついたものでしかない、ということを強調したい。恐らく大切なものはそんな悲しみの方なのであろう。

本書の表紙には、ある男性が歩いている写真が使われています。それは、著者・秋満氏が高校時代に耽読しながらも、あえて今回とりあげなかったというサルトルです。「いつも心の片隅にあって私を励まして続けてくれるアイコン」「彼の生き方そのものが、私にとっての“名著”」と氏が語る哲学者の姿が、とても印象的でした。

“名著”とは、そこに並ぶ文章が光っています。その光が心の中に差し込んできます。そして、それを手に取る者に「自分は何者か」と突きつけ、気付きを与えるものだと改めて強く思いました。

行く先はいつも名著が教えてくれる 出版社:日本実業出版社
著者:秋満 吉彦 (著)

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)