転職コラムキャリアに効く一冊

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2019年1月

失敗の本質 ~日本軍の組織論的研究~
戸部良一、寺本義也 ほか (著)

ダイヤモンド社から1984年に発刊された『失敗の本質』は、1980年(昭和55年)からその研究が始まり、戸部氏をはじめ6人の研究者たちが多大な時間を調査研究に費やし生み出された書。1991年には中公文庫から文庫版が発刊され、今なお読まれるロングセラーです。

ロングセラーの理由は、第二次世界大戦における日本軍の6つの失敗を題材とし、日本的組織論・戦略論の問題点をあぶりだした点にあります。そして、それらの課題を克服していたはずの日本の組織(政府や日本企業)に、今また同様の問題が蔓延し始めていると感じる人が増えているからだと思われます。本書は、想定外の変化、突然の危機的状況に対する日本の組織の脆弱性を鋭く指摘した、最初の社会科学論文といえるでしょう。

今回、本書を『キャリアに効く一冊』に挙げたのは、本書から組織論を学ぶというだけではなく(読み手の皆さんの立場によって内容の捉え方が大きく変わるだろうと思われるものの)、各人にきっと大きな気づきが期待できると思ったからです。

果たせるかな、皆さんが他人事としてではなく、組織の長、幹部、現場の長、いち部員…それぞれの立場に立って、取り上げられた事象と同じ行為をしていないだろうか? と自問自答しながらお読みいただきたいと思います。ご自身の所属する組織が同様の課題を持っていないか、リーダーを目指す人、リーダーの任にある人にこそ、一読されることをお薦めします。

本書を読み進めると、6つの日本軍の失敗は、個別の作戦で負けたというだけではなく、多くの兵士をまさに無駄死にさせてしまった失敗であり、日本の戦局全体としてとらえても、戦略として負けを重ねた失敗であったことがわかります。

「ノモンハン事件」では、敵情の測定を誤り、いたずらに兵力を投入し、中央と戦地とのコミュニケーションが機能しませんでした。内部で意見が対立すると、意気軒高な積極派が慎重派を押し切ってしまい、好ましくない日本的メンタリティー=情理的な判断が支配的となりました。幹部もこれを看過するだけで、戦略的判断に欠けていました。「ミッドウェー作戦」では、米空母軍の誘出撃滅という作戦目的が共有されず、矛盾した艦隊編成をとったばかりか、ミッドウェー付近に米空母が存在しないという先入観にとらわれ、情報掌握が組織的に不能状態に陥ってしまい、奇襲のタイミングを失しました。そして不測の事態が生じたとき、日本軍は組織として瞬時に適切な対応をとることができませんでした。

「ガダルカナル作戦」では、情報不足、兵力不足、食料の不足に加え、米軍が水陸両用作戦を開発したのに対し、日本軍はまったくそれを予測できず、それらについてほとんど研究できていませんでした。新しい敵の戦略に対して対応ができなかったのです。特に大本営は、戦略変更を拒否し、全軍突撃という愚行を行い続けたのはご承知のとおりです。練達した戦闘員、優秀な兵将や将校らの働きによって当初は善戦ができても、玉砕するのは常に現場となり、貴重な彼らを失いました。そして後に敵の戦略・戦術が把握できた段階では、先の戦闘経験を踏まえて次の作戦に生かすということができませんでした。

「インパール作戦」は、私が6つの中で、もっとも現在の「日本の組織管理」における問題点を包含していると思うケースです。もはや全く不要な作戦であっても、忖度、情緒、人間関係だけで組織の決定が行われました。戦局が悪化し敗色がすでに濃厚となり、国力も衰えている中、ビルマ防衛のための作戦がいつの間にか攻撃作戦に変更され、しかも杜撰な作戦計画が承認されたのです。中央の戦略決定権者の間には、「あいつならやってくれる」「前の失敗を挽回させてやりたい」などという人間関係を過度に重視する情緒主義が存在し、現地では、使命感や大義を振り回しながら誤った判断を繰り返す者に権限を与えてしまっていました。まさに、現場の情報が中央に伝わらず、威勢のいい言葉を強く吐き出すだけのリーダーに権限が与えられた場合の悲劇といえます。

本書からの私の学びは、集約すると以下の3点です。

(1)
・中長期の展望、グランドデザインなき組織の悲劇
 (組織トップの不合理な判断が引き起こされやすくなる)
・現場とグランドデザインを共有することの重要性

(2)
・対人関係や同調性を重んじる「日本的集団主義」ともいうべき組織構造が、変化する情報の共有を阻害し、組織トップの誤った情緒的判断を誘発する
・変化が激しい状況下にあっては、その組織構造が、戦略判断に極めて深刻な悪影響を与える

(3)
・日本軍的組織は、帰納的戦略策定が得意で、ゆるやかな時間の中で一つの案や術を洗練させるには適している
・米軍的組織は、演繹的な戦略策定が得意で、急激な変化や状況判断に秀でている

最後に、本書の23~25ページのくだりを、少々長いのですが引用しておきます。私には、35年も前に書かれた文章とは思えず、現在の日本の組織における問題を鋭く指摘しているように思えてなりません。

そもそも軍隊とは、近代組織、すなわち合理的・階層的官僚制組織の最も代表的なものである。戦前の日本においても、その軍隊組織は、合理性と効率性を追求した官僚制組織の典型と見られた。しかし、この典型的官僚制組織であるはずの日本軍は、大東亜戦争というその組織的使命を果たすべき状況において、しばしば合理性と効率性とに相反する行動を示した。つまり、日本軍には本来の合理的組織となじまない特性があり、それが組織的欠陥となって、大東亜戦争での失敗を導いたと見ることができる。日本軍が戦前日本において最も積極的に官僚制組織の原理(合理性と効率性)を導入した組織であり、しかも合理的組織とは矛盾する特性、組織的欠陥を発現させたとすれば、同じような特性や欠陥は他の日本の組織一般にも、程度の差こそあれ、共有されていたと考えられよう。
~中略~
たとえばそれは、企業のリーダーが自己の軍隊経験を経営組織のなかに生かそうとしたり、経営のハウ・ツーものが日本軍の組織原理や特性を半ば肯定的に援用しようとする傾向などに、見ることができよう。
~中略~
戦後、日本の組織一般が置かれた状況は、それほど重大な危機を伴うものではなかった。したがって、従来の組織原理に基づいて状況を乗り切ることは比較的容易であり、効果的でもあった。しかし、将来、危機的状況に迫られた場合、日本軍に集中的に表現された組織原理のよって生き残ることができるかどうかは、大いに疑問となるところであろう。日本軍の組織原理を無批判に導入した現代日本の組織一般が、平時的状況のもとでは有効かつ順調に機能しえたとしても、危機が生じた時は、大東亜戦争で日本軍が露呈した組織的欠陥を再び表面化させないという保証はない。

皆さんは、どうお感じになられましたか?

失敗の本質 ~日本軍の組織論的研究~ 出版社:中公文庫
著者:戸部良一、寺本義也 ほか (著)

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)