転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

1999年 1月~3月 
1999.01.01

未来への準備

求人数に入っていない、求人がある。

一般的に知り得る労働経済の数少ない指標である失業率や求人倍率は、97年度以降、悪化の一途を辿っている。更に悪くなるのだろうか?過去になかったほどの倒産とリストラが吹き荒れ、雇用機会の絶対数が激減していると判断してしまう。実際は違うのではないだろうか。ジョブマーケットの状況は、人は余れど、産業界が求めるキャリアを有した人材は不足し、引き続きミスマッチが続いている。成長している企業が求める経営資源となる人、或いは人的ストックと呼べる人が少ないだけではないだろうか。求人と求職のミスマッチが起っていると一般的に説明されるが、それだけではない。不況が始まってからでも、自ら選択をしなかったのではないだろうか?自由にキャリアを選べる権利を行使してこなかった人の問題ではないだろうか。元より、求人者である経営者や株主は、極めて敏感に、行き過ぎる程、市場の原理に基づき行動し始めている。改革が叫ばれても一番動きが遅いのが個人ではないだろうか?もっと現実的で、過去の成功や単なる願望ではないキャリアプランが求められている。求人は確実に市場に存在する。

再就職活動者が大量に市場に出てきている

化学、建設、銀行、商社など、99年は更に人員削減が進む。海外勤務を謳歌してきた日本人も帰国して初めて、日本の現状を目のあたりにする。80年代後半に海外に赴任し帰国した人は、さしずめ浦島太郎のような求職活動をしている。「これから海外に出ようという会社の海外支店での管理職なら小さな会社でも良い」が典型的な例だ。ケースが無いとは言えないが、40歳以上や50歳で現実感のないコメントを聞くと、海外部門の採算が何故合っていなかったか理解できる。アジア勤務から帰国した人達の場合、日本の物価高に悩み、可処分所得の低さに嘆き、「どんな会社でもアジアに来る会社があれば、残りたかった」と思っている。アジアでの王様のような生活が忘れられないようだ。欧米からの帰国者は、海外赴任手当が消滅しても日本ではなお世界一高い賃金であるにも拘わらず、今度は日本国内の外資系に移り、更に高い報酬が得られるだろという夢を見ている。採算が合っていない経営をしていた人が、実力で役員だったと思っている。帰国後は外資系で役員ができると思っている。「採算が合っていなかったのは、会社の戦略が悪かったからであって、自分の能力、責任とは関係がない」と思っている。バブルの精算を会社も進めるべきだが、個人レベルでもバブルの精算がまだ終わっていない。最大の問題は最後まで温泉気分でぬるま湯感覚で仕事をしている中間管理職や、役員、幹部候補と自尊心だけ高い若手社員だ。
また、リストラされた人達を待ち受けるアウトプレースメントという美名のコンサルティングには気をつけよう。お決まりの再就職支援のパッケージ研修や概念教育では、再就職を果たす可能性は極めて低い。いっそ予備校の合格率発表のようにアウトプレースメント会社に再就職率を公開させてはどうだろうか。アウトプレースメント会社が再就職率を競う事が、雇用機会を開発する一番の方法論となるだろう。一人当たり100万円も出すなら、その費用を各自がもらった方が、幾分かましな気もするのだが如何だろう。依頼する事になった企業や個人は、今から是非この視点を忘れないで欲しい。金を出した顧客、即ち消費者だから要望するのではなく、人生の投資家として時間を無駄にしないためにも、再就職させろと、プロセス以上に結果を要求して当然なのである。市場は厳しい等の言い訳をする再就職カウンセラーに費用を払う必要はない。しかし研修によってスキルを獲得し再就職に備えられるとプレースメント会社の多くは申し出るだろう。しかしながら根本的な間違いはこの点にある。例えその研修にケーススタディなど実践向けの研修が含まれていても、学習だけでは全く実践には向かない。戦場のようなビジネスの現場においては、ホワイトカラーのキャリアに集団教育だけを終わらせたものが通じるはずがない。ビジネスで実績を出すには、経験に基づきながらスキルを高める事が不可欠であるからだ。ミドル、シニア向けのインターンシップが可能となり、人生の職場への再挑戦をする機会を社会として設けなければ、35歳以上の再就職は難しい。簡単に言えば、「やってみなければわからない」という事だ。自分が必要とするスキルを、自分のゴールに合わせて獲得すべきで、「資格を取れば何とかなるだろう」とか「学校へいけば何とかなるだろう」「MBAに留学すれば何とかなるだろう」「コンピュータや語学をやっておけば、大丈夫だろう」など「だろう運転の人生」は、厳禁である。全くナンセンスだ。「だろう」というような常識的な予想は全く検討違いである。例えば資格を獲得後のゴールは、学校の人が「就職にバッチリ」と言っても信じない事だ。彼らも仕事である。実際に求人側に尋ね、自分の経験とその資格があれば採用してくれるかどうか事前に直接尋ねる必要がある。現実的なゴールを設定しないで、投資の効果も目論見も無く行動してはいけないという事である。目論見もなく起業する事と同じである。有名大学に入学すれば有名企業に、更に有名企業に入りさえすれば、後は人生なんとかなると思った世代は、この不景気にまた同じ過ちをしよいうとしている。猛反省、自己改革するべきであろう。

ふがいない役員

そこそこ未来がある会社で、例えば役員に就任した時、株をくれという役員がいるだろうか?
経営の一翼を担う事になった時に、社長から期待をこめて「株を持ってくれるか?」といわれても「くれるなら貰うが、なぜ自分が投資しなくてはいけないのだ」と思ってしまうのではないだろうか?企業家が育たない理由がここにある。社長が言わなくとも「役員になったら株をくれ」とぐらいまで言えるほど自分のために経営する意欲をもった人材が企業をリードするのではないだろうか?

労働経済学が面白い

今一度、経済に明るい人達の声に耳を傾け、考え、キャリアの実践に役立てよう。米国経済とグローバルエコノミーの幻想に警告を出し続けるMITのポール・クルーグマン教授。一方日本においては、明確に現在の企業組織と個人のキャリアの関係における問題点を見事に浮かび上がらせている上智大学の八代尚宏教授。労働経済の学者の立場を超え、100年の計をもって優秀な人材の育成、社会ならびに経済改革、税制改革、など様々な領域で世人の域を超え活躍している慶応義塾大学の島田晴雄教授。3名の経済学者の最近の著書を読めば、それぞれの立場は違えど、オープンにどんな人にでも解る言葉で語りながら、今まで議論されてきた話題について問題や誤解を説き明かしてくれる。専門家による専門家のためだけの議論ではない。誤解される事を恐れず、正論を論じ、経済学の外の世界に出てこられている。

オークンの法則

そのポール・クルーグマン教授の著書でOkun’s Lawという経済法則がある事を知った。インターネット上でも、Okun’s Lawで検索すれば、海外のビジネススクールの教授達の論文を読む事ができる。著書「資本主義経済の幻想」87ページによれば「失業率は、労働稼働率だけでなく、経済全体の生産能力の稼働率を知るうえでもきわめて優れた指標である。そこにはオークンの法則(Okun’s Law)という非常に優れた、経験知による法則が存在する。これは物理学の法則のような精密さは備えてないが、経済学の法則としては十分である。…失業率が変化しない年には、経済はきまってほぼ2.4パーセント成長する。その場合、失業率が1ポイント低下するごとに、成長率は2パーセント上昇する。…つまり、失業率が低下した場合の成長率の上昇幅(あるいは失業率が上昇した場合の成長率の低下幅)は、生産能力の稼働率の変化を表わす。」とある。著書15ページにあるアメリカのGDP成長率と失業率の関係の図からは以下のような数式が導ける。失業率を「y」、GDP成長率を「x」とすると

y=-1/2x+1.2

著書ではさらに賃金、インフレ、国際競争へと議論が続く。この法則を日本に当てはまる事ができるかどうかは、教授が日本経済を対象にし、それをまとめるとされている近日発刊予定の著書に期待したいところである。今は勝手に自分で考えているしかない。仮に、日本でも当てはまるとすれば、プラザ合意以降、失業率は2%以上上昇したわけであるから、成長率は4%低下している事になる。成功率が1%だ、マイナスだといわれている中、失業率がまだ低下するとすれば、国そのものの生産性を高める必要がある。これは一重に、ホワイトカワーの生産性や、サービス業の労働コストを下げると同時に、ワークシェアを徹底し、若年層やミドルのコストを、諸物価と共に下げる必要があるという事だ。誰しも自分の賃金を最初に下げたいと思う人はいないだろうから、誰かに下げられたり、ゼロにされる(リストラ)される前に行動をとるべきである。報酬が下がっても、雇用の機会を確保できるかどうかである。どんな人でも消費者をやめる訳にはいかないのだから、生産者としてのキャリアで賃金が下がっても、フローが続くようにすれば良い。消費者としての立場から、良い生産物やサービスしか買わない運動、心がけを国民全体で起したと仮定すれば、そうすれば企業もそれに応えざるを得ず、安くて良いものを顧客に提供する事が利益の源泉になる。高いものを売らず、無駄な物流も在庫をなくしながらも、売り上げを下げても収益を得る方向へ向かうだろう。低価格で高品質なものを製造販売することができる日本の製造業、中小企業の生産能力は、周知のように世界的にトップクラスである。これを守りながら、高品質、低価格ができていなかった金融業をはじめとするサービス業、いえばホワイトカラーが、これに習えば日本は必ず再生する事ができる。デザインイン、カスタマーインなど、物造りの秘訣を手本に日本式のアプローチに対して、今度はホワイトカラーが取り組めば解決する。一方企業として見た場合、今後日本の労働人口は低下するが、生産性を備えた人的ストックを獲得しておく事が、不況から脱し、その後成長するためには不可欠である。ここ2~3年が企業にとっても個人にとっても最も苦しい時期である。個人のローンの残高も、企業債務も、国の債務残高も、前例を見ないほど悪化している。93年以降の5年間、同じ議論が繰り返されたにもかかわらず、何もしてこなかった株主、経営陣、中間管理職、スタッフには、厳しい市場の裁定がまっている。こんな時代にこそ展開が望まれる。会社に再就職するだけでは、まったく生産的な行為とは思えない。転職しても別天地ではない。変わらないでおく事などできない。「どんな展望を、どこで持ち、どう実践するか」が肝心だ。展望の持ち方次第で、未来が大きく上下してスプレッドしてしまう。オークンの法則に興味のある方は、ぜひ日本の失業率が安定していた時期の成長率を計り、二つの指標の関数を意味や有効性を確認し、今後のキャリアを考える参考にして頂きたい。

若者の今後

話題は変わるが、98年はある意味で節目となった年であった。学生のNPOである学生アントレプレナー連絡会議ETICの活動を綴った「インターンシップ活用術」は、20代の若者に対して、日本中の短大、大学、大学院生の刺激と機会を与える情報である。ここ3年間の彼等の活動実績を確認し、ようやく根付いた日本のインターンシップ制度から起業家精神旺盛な人材が生まれる可能性を秘めている事を知る事ができる。

起業家の今後

過度なベンチャーブームは去ったが社会的な期待は続いている。この3年間で、ベンチャーキャピタル、株式市場の整備、税制、人材育成、地方公共政策などのベンチャー支援環境の必要性が議論され、新たに整備されしようとしている。そんな中、起業家たちにとっての3年はどうだったのだろう。年末にベンチャーを志す人達に向け最適な本が上梓された。起業家「板倉雄一郎」の「社長失格」である。18歳でベンチャーを創業し、通産大臣賞やニュビジネス大賞を受賞した後、世界にはばたこうという矢先97年末に負債総額37億で倒産した。倒産してからほぼ1年が経過したが、彼の著書はこの3年の総括とも言える内容となっとおり、読みごたえのある一冊である。ベンチャー経営者、ベンチャーキャピタル、ベンチャーへの就職を考えている人に一読を薦める。

失業者の価値

偉大なる起業家でも、キャリアの実績を持ったサラリーマンでも、本人の意欲、能力に拘わらず失業してしまう時代である。賞挑戦の結果失業した賞賛すべき失業者が、もう一度人生に再挑戦できるかどうかが、今後の社会的問題だ。企業にしてみれば、人的コストの低い今こそ、未来への投資を人材に行うべきだ。中途半端な採用ではなく、キャリア採用を積極的に展開し、フロー型経営への転換を計る好機である。失敗した原因を知っている起業経験者を採用するぐらいの人事戦略をもって欲しい。数は少ないが、リストラされていても資源や資本と呼ぶにふさわしい人はいる。会社の業績が悪い、不景気だといってリストラしか手法がなければ、それは海外から賞賛されてきた雇用を守る日本式経営ではない。不景気には採用、景気にはリストラすれば、人材の流動はスムーズになる。今の日本は全くの逆である。キャリアの紹介をしていて痛感するのは、日本式が良いとか、グローバルが良いとかと言った議論ではなく、今の間違った日本式リストラが、人間性を失い、閉塞感におとしめている事が、総じて社会の生産制を減じている原因だという事だ。99年は更に多くの人が労働市場を実感する事になるだろう。外資系に勤めるある役員がこう言った。「労働市場を経験している人材でないと、グローバルな企業経営は無理だ。」単に労働していても市場という概念が欠落していては、これからの経営は無理だという事だ。

労働市場とは価格と取り引きの総量の事であるから、自分の価格がポイントになる。この価格、自分の市場価値を巷で流行しているようにコンサルタントに相談して決めてもらっても意味がない。コンサルタントが分析して決めるものが市場価格ではなく、買い手に決めてもらうものだ。或いは自分が価格に見合う成果を出す事を示し、買い手や投資家から買値を引き出す事だ。相手がいて初めて成立するのが労働市場だ。自らの意志で失業を招くか、会社の意志で失業するかで市場の価値は逆転する。前者はこれから市場で歓迎されるだろう。その意味で、未来への準備とは、自らの意志で労働市場に実際に出てみる事といえる。

労働市場とサーチ会社の役目

雇用のチャンスを広げる公的サービスであるハローワークには12,000名のスタッフが従事しており年間240万人の雇用開発を支援している。この公のサービスを補完する形で、民間のサーチファームが今注目されている。97年春の規制緩和をうけて、労働省から人材紹介業の許可を取得している事業所数が、それまで160社程度であったのが、1年半後の98年の秋には600社を超えている。不況下でもっとも新規参入が多かった産業ではないだろうか。労働市場にはさまざまな職業があるし、市場の要望にあわせた特徴をもった紹介サービスをサーチ会社が提供し始めるだろうから、求職者は自分にあったサーチファームを探して、そこを効果的に利用して就職先を見つけることが、自分にあったキャリアに出会うポイントになる。詳しくは日本で初めて出版された業界のガイドブック「人材紹介会社利用ガイド99」を参照されたい。

関連情報

  • 「総務庁・統計局」発表、平成10年11月の完全失業率『4.4%』
    1953年の調査以来、最悪。米国と並ぶ。さらに悪化の見込み。
    2%代であった80年代に比べ2%以上の上昇
  • 「労働省職業安定局」発表資料、平成10年11月の有効求人倍率『0.47』』
    1963年の調査開始以来、最悪。低下傾向は直線的に低下。

参考文献

  • 「資本主義経済の幻想」ダイヤモント社、1998年
    ・ポール・クルーグマン(Paul Krugman)著、北村行伸編訳http://web.mit.edu/krugman/www/
  • 「人事部はもういらない」講談社、1998年
    ・八代尚宏
  • 「社長失格」日経BP社、1998年
    ・板倉雄一郎著
  • 「 インターンシップ活用術」日経事業出版社、1998年
    ・ETIC編
    http://www.etic.or.jp/
  • 「人材紹介会社利用ガイド99」日経事業出版社、1998年
    ・人材協監修

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)