転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2018年4月~6月 
2018.04.05

“続ける”ということ~イチロー・カズ・レジェンド3氏から学ぶ

昨今、「裁量労働制」や「高度プロフェッショナル制度」についての議論の行方が注目されています。長時間労働や過労死をなくしてもっと働き方を改善するのは当然ですが、新しい制度が企業にも社員の方々にもプラスとなるためには、さらに深い議論が必要でしょう。(ちなみに各企業は、国の法整備や制度改革を待たずとも自社内の働き方を見直し、おのおのの業種・職種にあわせて人事制度を変えることはすぐにでもできるのですが。)

さて、そんな多様化し変わりゆく今後の働き方を踏まえつつ、今回のコラムではスポーツ選手であるイチロー、カズ、レジェンドの3氏から、キャリアの考え方・姿勢などを学びたいと思います。

今年3月、45歳でシアトル・マリナーズに復帰することとなったイチローこと鈴木一朗氏は、プロ野球における通算安打の世界記録保持者(NPB/MLB通算4257安打でギネス世界記録に登録)ですが、これからもその記録を伸ばすでしょう。

50歳となった今もプロサッカー選手であるキングカズこと三浦知良氏は、32年間にわたって現役生活を続けており、50歳以降のゴールは世界最年長のゴール記録として、同様にギネスに登録されています。彼もまた、現役選手であるかぎり自分の記録を塗り替える挑戦を続けるでしょう。

そして今年、平昌オリンピックに出場し8度目のオリンピック参加をしたスキージャンプ選手、レジェンドこと葛西紀明氏は現在45歳。彼はプロの選手ではありませんが、企業に所属しながら今も監督兼選手として競技を続けています。スキージャンプの選手としては異例中の異例ともいえる長いキャリア。彼は16歳から30年近くにわたって第一線で競技を続けており、49歳で迎えることになる北京五輪への参加をすでに表明しています。

スポーツ選手としての卓越した能力・記録はもちろんのこと、彼らの経歴や自伝はメディアでも多く取り上げられており、皆さん良くご存じのとおり。それらのエピソードや逸話はとても興味深いものですが、本稿で取り上げたいのは、いま彼らが“世界から見ても大変尊敬される生き方をしている”という点です。彼らが世界の人々から尊敬されている理由、共感されている理由はたくさんあるでしょう。絶え間なく努力している、素晴らしい記録を残している、世界記録を達成している、言葉や文化の違いを超えて感動を与えている・・・等々。

そのなかで私は、彼らがひとつのスポーツに長年打ち込んできた、年齢的に無理と思われる限界を超えてなお続けられている点に特に注目したいと思います。その理由は、彼らがひとつのスポーツ(普通の人にとっては「仕事」「Job」と呼べるもの)をいかに継続してきたかについて考えることは、年齢を問わずすべての職業人にとって、とても参考になると思うからです。

今後はAIの発展により、専門性があるから安泰だと考えられていた人たちも、転職をせざるをえなくなったり、新たな職業選択を迫られたりすることが増えてくるでしょう。自分の専門性、職業能力をどう継続的に高めるか、そして社会に活かすかは、今まで以上に大事なテーマになっていきます。

「続けてきた。そしてまだ続ける」というのは、つまりは「他の道を選びとらなかった」という“選択”をし続けたのと同義です。その選択には多くの犠牲、覚悟、強い精神力が必要です。3氏のように常に成績・記録が問われ、勝負・競争がある世界ではなおのこと。「好きだから続けられた」というだけではなく、好きだからこそ続けられるように、鍛錬を怠らず尋常ならざる努力をする。「やり遂げたい」と思い続け、途中に確固たる成果を出したうえでさらに上の成果を目指し、その結果が今に至っている点が素晴らしいと思います。

彼らは決して今の年齢まで続けることを目標にしていたわけではなかったと思います。また、成績(数字)そのものについては短期的な目標にしてきたかもしれませんが、本質的な目標にはしていなかったでしょう。トップを走るものにとっては、あくまでそれらは通過点。数字を目標にしてその達成後、急に意欲を失う人がいます。また数字によって意欲・動機が高まったり低くなったりして、自分のコントロールができなくなる人もいます。それとは対極的に彼らが大変な緊張とプレッシャーの中でもプレーを継続できたのは、きっと勝負にはこだわっても数字にこだわらなかったからではないでしょうか。その時その時の勝負にかけ「もし今回勝てば、まだあと一回自分は続けることができる」「自分の進退は自分で決めたい」、つまり“続ける”という報酬が与えられることに意識をむけたからこそ、大きな数字やタイトルなどの重圧に左右されることが少なかったのではないか、と個人的には思います。

彼らがどのようなコーチをつけているのかわかりませんが、コーチの指導にかかわらず、自己管理能力の高さは3氏の共通点でしょう。それがなければ一般的な年齢のピークを越えても現役を続ける体力、そして意欲を維持することは到底できないはずです。また、自己管理能力の高さには毀誉褒貶に絶対に迷わされない精神のコントロール力も含まれます。他者には理解が及ばないほど自分の管理に厳しいからこそ、自分の体力、意欲を客観的に判断し、続ける意義を見いだせるのだと思います。

それではなぜ、3氏はそのような類まれな自己管理能力を獲得できたのでしょうか。彼らは共に10代・20代で大きな試練を乗り越えています。最初からすべてが順風満帆だったのではなく、自分の努力だけではコントロールできない経験をしています。イチロー氏には交通事故で投手から野手に変わらざるを得なかった経験、ドラフトが希望どおりでなかった経験があります。三浦氏はブラジルでの下積みからスタートし、日本代表になれない経験もしました。葛西氏は若くして逸材といわれて活躍したものの、スキージャンプのスタイルがV字へ移行した時期には習得に手間取って低迷し、辛い数年がありました。

このように試練も、栄光も、両方経験していることが、今もなお現役を続けられる理由の一因になっていると思います。やっと獲得できたプロの仕事。自分が自分自身にやりとげたと言えるまで、自分が自分の努力を満足できるまで、怪我や病気などの不可避な理由がない限り、彼らは続けるのでしょう。3氏の境地は、すでに他人に勝つための現役ではなくなっているようにも見えます。自分がもつ世界記録を自分だけが超えられる、その一番近い場所に自分がいる。その意味では今が最大のチャンスであり、“自分への戦い”になっているような印象を受けます。

ちょっと残念な話ですが、サラリーマン生活を続けるかどうか悩んでいる40代後半以上の方の中には、イチロー氏や三浦氏、葛西氏を賞賛し、自分と彼らを重ねて「今の会社は嫌だし本心は辞めたいが、同じような報酬で受け入れてくれるところはなさそうだ。彼らのようにまだ今の会社で頑張ろう。現役を続けよう」とおっしゃる方がおられます。それは「安易な継続」なのであって、彼らから学ぶべき点を大きく誤解している気がします。彼らと同様の行動は難しくとも、自分の専門性や職業能力を継続的に高めるための努力、目標設定の仕方、仕事に向かう姿勢などこそを、自らの刺激や糧にしてほしいのです。

世界中の多くの人々が、彼らが少しでも長く現役を続けてくれることを願っています。3氏がとても幸福なことは、自らの仕事を継続することが、自分のためにも社会の多くの人のためにもなっている点です。皆さんも(そして私自身も)、自分の専門性や職業能力を社会にどう活かしていくかという視点を常に持ち、幸福なキャリアを歩みたいものです。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)