転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2022年1月~3月 
2022.01.06

事業承継と、雇用を生み出す経営の重要性

今回は、転職市場における課題として、第一に「中小零細企業における事業承継」、第二に「大手企業の新陳代謝」について考えてみたいと思います。

長引く新型コロナウィルスの影響下で企業の倒産数・廃業数は増加し、多くの雇用が失われているといわれます。

総務省統計局発表の労働力調査を見ると、労働力人口(15 歳以上人口のうち,就業者と完全失業者を合わせた人口)は, 2001年の6412万人から2012年に6280万人まで減少したものの、近年はやや増加傾向にあり(※参照資料1)、2021年11月時点では6832 万人となっています(※参照資料2)。そのうちの自営業者は649万人。9月には23万人減、10月には29万人減、11月には11万人減と大幅に減少(対2020年同月増減)してしまいました。昨年の秋以降、特に自営業者、中小零細企業が多数廃業してしまったと思われます。

※参照資料1
労働力調査(基本集計)2020年(令和2年)平均結果の概要
※参照資料2
労働力調査(基本集計)2021年(令和3年)11月分

くわえて深刻なのは、コロナ禍の以前から指摘されていましたが、事業承継の問題です。帝国データバンクの調査(全国企業「後継者不在率」動向調査2021年)によれば、事業承継問題はコロナ下で大幅に改善し、「後継者不在(後継者が「いない」、または「未定」とした企業)」の比率は過去10年で最も低く、2020年の65.1%から2021年は61.5%に改善したとのこと。改善の理由としては、政府・自治体における事業承継への様々な支援策や、民間企業間におけるM&A仲介の広がり等がプラスの効果を及ぼしているとあります。

しかしながら前述のとおり、昨年の統計データからは自営業者の減少は止まっていません。また自営業や中小零細企業の場合は、経営の悪化だけでなく、たとえ黒字でも事業承継を断念し、廃業するケースがあります。そのような黒字での休廃業・解散の割合が、2020年には過去最高を更新したとの調査(帝国データバンク:全国企業「休廃業・解散」動向調査2020年)もあり、かなり深刻です。健全な雇用の場まで失われていることになるからです。

「後継者不在率」の改善はよいことだとは思いますが、個人的には、単にM&A等の手段で事業を存続させ、雇用数を維持しただけでは全く不十分だと考えています。それでは、将来の売り上げは決して生み出せません。地域の活性化や新しい雇用の開発にはつながりません。事業承継は、新しい事業の開発・新規雇用の開発とセットで考えなければならないと思います。単なる資産の移動やオーナーの変更ではなく、新しい価値を生み出すような資産・資源の使い方をする経営でなければ、今までと同じです。地方でも日本全体でも、GDPを高めていくことは困難です。

これからは、新しいプロダクトや市場を生み出し、雇用を生み出し、企業価値を高める経営者が中小零細企業でも生まれ、そして活躍できるインフラをぜひ整えたいものです。ベンチャーや大企業の新規事業開発だけに頼るわけにはいかなくなってきたと思います。

弊社アクシアムにも、このようなビジョンと能力を持った「雇用を生み出す資質」を備えた経営者を求める依頼が増えてきました。ファンドや企業のオーナーから、そのようなご要望をいただくことが増えています。2022年のキャリアマーケットには、「ベンチャー経営」「再生経営」「グローバル経営」に加えて、「事業承継」が大きなテーマとして台頭してくると感じています。

さてつぎに、大企業に関する課題を見てみましょう。日本企業は世界的な企業規模の大型化についていけていけず小粒になり、同時に高齢化がどんどん進んでいるといわれます。かつては時価総額ランキングのTOP10にいくつもの日本企業の名前があったものが、2021年のランキングには1社もありません。日本では企業再編などによる企業の「新陳代謝」が極めて鈍く、成長力の差を生んでいると指摘されて久しいです。

また、少し古いものにはなりますが、企業の上場後の寿命を比較した日経新聞の記事によると、米ニューヨーク証券取引所では「15年」、英ロンドン証券取引所では「9年」、これに対して日本取引所では「89年」と、日本企業は極端に長寿であることがわかります。もちろん長寿企業ならではの価値もあり一概に否定するつもりはありませんが、トランスフォーム、DXという言葉でカモフラージュされた従来のままの経営では、今後も新規の雇用を生み出すことができないのではと危惧します。

エンジニアでもセールスでも、一次産業でも二次産業でも三次産業でも、職種・業界にかぎらず、産業変遷の大波にのまれないためには、リスキル(学び直し)を伴ったリプレースメントが急務です。しかし、どの職よりも「経営者」にこそ、その必要があるのではないでしょうか。

日本銀行が昨年5月に発表した2020年度決算によると、日銀の総資産(21年3月末時点)は前年比から18.2%増の714兆5566億円と過去最高になりました。コロナ禍で打撃を受けた経済を支えるため、金融機関への貸出金などを増やし、上場投資信託(ETF)の保有額も36兆円と過去最高額に。上場企業を支える株式市場で、日銀が日本最大の株式保有者になったわけです。各金融機関からの上場企業への融資や投資がその雇用数を支えることに役立っているのだと思いますが、果たして新しい雇用を生み出すものとなっているのかという点についても注視する必要があるように思います。

これらの資本が産業変遷を促し、新しい雇用を生み出すものとなることを願うばかりです。インパクト投資、ESG投資などがその機能や役割を果たしてくれることも期待します。上場企業の寿命が長寿のままで、新しい技術への投資やリスクをとった意思決定をスピーディーに行えるのか、はなはだ疑問が残ります。多くの見識者が主張しているように、経営陣の若返りをはかり、失敗を恐れずイノベーションを仕組化して実装できる経営者に交代すべきときが来たと思います。社内からでも社外からでも、新しい才能を登用すべきですが、そのような企業がまだまだ不足しています。

東京に対峙した地方という概念や大企業に対峙した中小企業・ベンチャーという概念でなく、もっとシンプルに、雇用を守る経営から脱却し雇用を生み出す経営に変貌しなければ、成り立たない社会が到来しているのではないでしょうか。

新しい価値を生み出す経営者がいる企業であれば、東京でも地方でも、大企業でも中小でもベンチャーでも、キャリアを持続的に発展させていけるはずです。2022年、新たな年の始まりに際し強く思うのは、従来の価値観にとらわれてリスクアバース(リスク忌避的)になることなくキャリア選択をするほうが、結果的に見えないリスクをかぶることがない時代になったということです。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)