転職コラム”展”職相談室

キャリアや転職に関わる様々な疑問・お悩みなどに、アクシアムのキャリアコンサルタントがお答えします。

“展”職相談室 第66回
2009.06.25

ベンチャーの社長から『うちの会社に来ないか』と誘われたのですが…。

現在30歳で金融機関に勤めています。 ベンチャー企業を含む中小企業向けの融資業務を担当していますが、先日取引先のベンチャー企業の社長から、「うちの会社にCFOとして来てくれないか?」という誘いを受けました。現職の年収も維持してくれるとも約束してくれたので、思い切って転職し、そこに人生をかけてみようかと思っています。ただ一方では、子供もできたばかりであるため、うまくいかなかったときのことを考えると不安もあり、悩んでいます。

「ベンチャーはやはり危ない」という認識もあるのですが、誘ってくれているベンチャーについては、3年間の取引を通じて、少なくとも倒産や解散のリスクは低いと判断しています。財務体質も健全で業績も順調であり、期待こそすれ心配は少ないのですが、どうしても万が一の時のことを心配してしまいます。

そこで質問なのですが、万一、そのベンチャーを33歳から35歳あたりで去ることになった場合、再就職先はあるのでしょうか。一度ベンチャーに行くと、以降ベンチャーにしか転職できなくなるという話も聞きますので、そのあたりも教えてください。

自分としては、戦略コンサルティングファームではなく外資系事業会社に入社したいと考えているのですが、どうしたら良いでしょうか?

Answer

一般的に転職の意思決定には、「転職そのものへの不安」と、「将来(転職先)についての不安」の2つが影響します。それぞれ、しっかりと分けて考えてみましょう。

まず、転職そのもの、すなわち「今勤めている会社を退社して、新たな会社に入社するということ」への不安について考えてみます。 初めての転職のときなど、この不安は大きく出る傾向があるのですが、この方の場合、ご質問の内容からは意外にもお勤めの金融機関を辞めることにはそれほど不安をお持ちでないように思われます。もちろん、「辞めなければよかった」という後悔はしたくないという思いはおありだと思いますが、それほど大きな不安ではないようですね。

「プロスペクト理論」としてよく知られている話ですが、一般的に多くの人は「新たに何か得られるメリットの大きさ」より「今あるメリットを失うことの大きさ」をより大きく捉える傾向にあります。いいかえると、不確かな利益より、今あるもしくは保障された確実な利益を優先してしまうものなのです。 転職の意思決定にも同じような傾向がみられ、現職で得られている安定や培った信頼、周囲からの評価、人間関係などを捨てるということに、多くの方はかなりの不安を覚えます。 ただ、この方の場合、それはあまりないようです。

次に入社する会社、すなわち将来への不安を見てみましょう。この方の場合、おそらくこちらのほうが不安要素として大きいのだと思います。

ちょっと話はそれますが、「以前から知っていたベンチャー企業の社長に誘われて転職」というのはとてもよく聞く話であるものの、同時に転職失敗の典型的パターンでもあります。

なぜそうなってしまうのでしょうか。

多いのは、社長と旧知であるため、良く知っているつもりになっていて、十分な検討・吟味をしていなかったというケースです。ベンチャーの社長は「癖があるものの大変魅力的な人物」であることが多く、そこに惹かれてしまうが故、ビジネスの内容や職責・期待役割の確認が不十分なままということがしばしば起きます。結果的に「入社前に聞いていた(イメージしていた)職務や条件と違う。」などということになってしまうのです。

よって、まずはもう少し吟味してみること。融資担当として決算書を3年分検閲しているというだけでは不足だと思います。

1.株主構成、2.社長の(創業までの)コンテキスト、3.製品サービスの強み の3つは、最低限徹底的に調査しておくべきでしょう。ここでは詳しい方法は割愛しますが、社長が筆頭株主でなかった場合など、社長が株主から解任されてしまい、CFOも同様に首を飛ばされたということも起こりえますので、甘く考えずしっかりと調べておいたほうがよいと思います。

また、金融機関での8年程の経験で本当にCFOが勤まるのかどうか、この点もシビアに自問自答してみてください。企業のサイズも不明ですし、IPOモデルなのかどうかなども分かりませんのでこれ以上コメントできませんが、事業の目論見や組織の状況次第でCFOに求められるスキル、経験などは明らかに異なります。資金調達、経理、決算の実務、税務、株式事務、IR、あるいは人事や労務など、状況により求められるスキルや知識、経験が全く異なりますので、本当に何が必要で、それが自分に出来るのかを今一度しっかりと考える必要があるでしょう。

求められる能力や経験を持ち合わせておらず、後日、「もっとできると思っていたのに。」と言われてしまっては立つ瀬がありません。本当によくある話なので、お気をつけください。

その社長は、仕事を通じて貴方のことを「信頼できる人物」と判断されて声をかけられたものと推察しますが、自社のCFOに求められる期待役割とそれに必要な様々なスキルや経験がどんなものであるのか、そしてそれを貴方が十分に持っているかどうかについて、しっかりと思慮されているか疑問が残ります。 あるいは、「未経験でもとにかくやってみる。成功させる。」という気概こそが重要で、社長もそこを買っているということもあるかもしれません。実際に一銀行マンからCFOとして転職し、みごと店頭公開を成功させた人も多数います。

しかし問題となるケースでは、転職する個人側ではなく採用する社長側(雇用側)に一貫性、合理性がないことが多いので、「どんなことをCFOに期待しているのか」や「なぜ自分に声をかけたのか」など、しっかりと確認しましょう。

続いて、「万が一去ることになった場合」の再就職について考えてみましょう。

まず、厳しいお話をすると、今回はCFOという責任あるポジションで役員(取締役や執行役員)として就任されるはずですから、「再就職ができるのか」というご質問があることそのものが筆者としては心配です。 役員を経験したあとの市場価値についての質問であるならともかく、「再就職があるのか」という質問は、被雇用者の「就職意識」を脱していない表れと感じます。役員の責任を担うということは、被雇用者として働くということとは異なります。役員としての責任の重みや被雇用者との違いを今一度しっかりと考えていただきたいと思います。

そのうえで、アドバイスとしての結論を申しますと、33歳までの3年しかできないと思って、それまでに決着をつけるくらいの気持ちで臨むこと。

3年を区切りとして、そこまでは何があろうと全力で臨む。その結果、何がやり遂げられたか、何ができなかったか、自分に何が足りなかったのか、その答えをしっかり掴むことです。 そうすれば、次の転職や再チャレンジにおいてそれほど困ることはないと思われます。むしろバリューのあるキャリアになる可能性が大きいです。

多少乱暴な言い方になりますが(当然その時の状況次第でもありますが)、再就職(再チャレンジ)をしやすい年齢などを考えると、33歳までの3年が勝負です。うまくいっていないのに4年5年と続けるのはリスクが大きくなります。また、少々うまくいっていなくても、1-2年でやめてしまうのも後々マイナスになります。

繰り返しますが、3年間、専念してみてください。そして、達成できたこと、できなかったことそれぞれからしっかり学んでください。そうすれば、良いキャリアになることと思います。

なお、うまくいっていない方の多くは、思いつきでベンチャーに飛び込み、「なぜ成功しなかったか」や「なぜ退社することになったか」を熟考せず、学びのないままの転職を繰り返してしまいます。 ほかにも、その社長と「ミッションやビジョンが共有できる」ということで転職したものの、しっかりとしたスキルや経験を持てずに失敗してしまう方もいます。ミッションやビジョンは、事業を成功させるためにもっとも大事なことと言ってもいいでしょうが、残念ながらミッションを守ったからと言ってスキルがつくわけでもありませんし、ましてやそれを以て再就職することはできません。

会社がどうなろうと困らないキャリアにするためには、スキル、知識、経験、実績、資格など「自分なりの価値」を獲得しておく必要があります。そうすれば、勤務先のベンチャーが倒産しようとも恐れることはありません。ベンチャーでよい経験を積めば(しっかりとした学びがあれば)外資系企業でも通用するキャリアになりますし、最近では日系の大企業に戻り活躍するという方も出てきています。

まだまだお伝えしたいことは沢山ありますが、まとめましょう。

3年間が期限と考え、それまで何があろうと踏ん張って、全力を注ぐこと。その覚悟があれば、決心されると良いと思います。ただし、その会社の株主や社長について、ビジネスについて、さらには役員としての責任についてなど、今一度しっかりと考えること。

熟考の上、覚悟を決めたのであれば、ぜひベンチャー経営に挑戦してください。 35歳以降で挑戦するよりは、うまくいかなかったときの再チャレンジもしやすいですし、なにより大きな会社では得にくい経験ができることは大きなプラスになると思います。

失敗を恐れる必要はありません。会社を倒産させてしまっても、CFOとして正しい判断をし、そこから学びも得ていたなら、必ず次のチャンスは見つかります。株主やCEOの中にも、失敗の経験を評価する人も多くいます。もちろん結果を出せたCFOなら、さらに引っ張りだこです。

ただ、何も学ばなかったCFOや、ひいては不正な行為をやっていたCFOは論外ですのでお気をつけて。

※こちらでは、質問と回答を簡潔に要約し、典型例としてご紹介しております。キャリアコンサルティングの現場ではコンサルタントとキャリアについてご相談いただくのはもちろん、実際の求人ポジションをテーブルに載せながら、「現実的な可能性」の検討をしています。したがって、その時々で市場動向・受託ポジションが異なりますので、「現実的な可能性」=キャリアのチャンスも様々になります。

コンサルタント

インタビュアー/担当キャリアコンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)