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2018年4月

君たちはどう生きるか
吉野源三郎(著)

先月に続いて、倫理や道徳についてのお薦めの書をご紹介しようと思います。

「キャリアについて考える」というのは、「働き、生産者としてどう社会に役立つか?」を自らに問うことであり、つきつめれば「人生をどう過ごすか?」という問いにつながります。その根幹にあたる部分が、一人一人の生き方、すなわち倫理や道徳について考えること。そして“あちらを立てればこちらが立たず”というような、人生の中で往々にして遭遇する場面において、難しい選択を支える大きなものも倫理・道徳です。

本書は主人公である15歳のコペル君(本田潤一君)が、成長過程で起こる日々の悩みと向き合いながら、「いかに生きるべきか?」を法学士の叔父との問答を通じて探していくというもの。児童文学の体裁をとりながらも、著者・吉野源三郎氏が次世代に託した“人間哲学の書”だと私は思います。

本書が発表された80年前(1937年)は、満州事変を経て日本の軍国主義が勢いをもちはじめ、ファシズムが政権を支配しよういう頃。哲学者そしてジャーナリストであった著者は、特高の取り調べを受け、言論弾圧を受ける中でペンをとりました。戦争へむかって傾斜していく時代に、戦争肯定者や排他的な為政者、それを支持してしまう民衆が大きな力を得るなかで、本書は無力だったのかもしれません。それでもなお、本書が累計130万部以上も売れ、今また漫画化されて話題となり多くの読者を得ているのは、80年前と似た時代の不透明さの中、子供たちばかりか、戦後教育の中で倫理・道徳について深く考察してこなかった大人たちも、いまさらながら本書によって多くを気づかされている、ということなのでしょう。

羽賀翔一氏の漫画バージョンや、宮崎駿氏が制作を始めると発表した映画でもかまわないのですが、願わくは是非とも、政治学者・丸山真男氏が著者の没後に追悼の意をこめて書いた「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」が添えられた岩波文庫版で読まれる、あるいはもう一度読み返されることをお薦めします。

丸山氏はその追悼文の中で、日本における道徳教育の問題点をこう看破しています。

天降り的に「命題」を教えこんで、さまざまなケースを「例証」としてあげてゆくのではなくて、逆にどこまでも自分のすぐそばにころがっていて日常なにげなく見ている平凡な事柄を手がかりとして思索を押しすすめてゆく、という教育法は、いうまでもなくデュウィなどによって早くから強調されて来たやり方で、戦後の日本でも学説としては一時もてはやされましたが、果たしてどこまで家庭や学校での教育に定着したか、となると甚だ疑問です。(中略)。「知識」―実は個々の情報にすぎないもの―のつめこみと氾濫への反省は、これまた決まって「知育偏重」というステロ化された叫びをよび起こし、その是正が「道徳教育の振興」という名で求められるということも、明治以来、何度リフレインされた陳腐な合唱でしょうか。その際、いったい「偏重」されたのは、本当に知育なのか、あるいは「道徳教育」なるものは―そのイデオロギー的内容をぬきにしても―あの、私達の年配の者が「修身」の授業で経験したように、それ自体が、個々の「徳目」のつめこみではなかったのか、という問題は一向に反省される気配がありません。

科学的・歴史的法則を教えこもうとする陣営と、道徳を押し付ける陣営。直線的な考えのそのどちらにも生き方を縛られないために、丸山氏は本書を推奨しています。

「友達がいじめにあったときにどのように行動すべきか」というエピソードを通じて、「人間として理不尽なことに対峙したとき、何ができるか」を問うのが本書の大きな命題のひとつになっていますが、主人公のコペル君に共感をもつ人は多いでしょう。いじめに反抗する友人がいるなか、反抗ができない自分がいる…友達との約束を守れず、取り返しのつかない過ちを犯してしまったという意識をもつコペル君。彼の叔父と母親は、過ちを犯してしまった彼に対し、行動がとれなかったことを非難するのではなく、その過ちの意識を持てたことを彼の成長過程として受け入れ、励まします。大人が次世代を担う子供たちに対する態度として、大いに学ぶところの多い描写です。

話が少しずれますが、じつは最初に感じた私の本書に対する読後感は、ネガティブな方向のものでした。善良な人間であっても人を救うことができない無常観、多くの人が戦争に賛同するような状況では事態を変えられないのではという無力感。行動できない善良な人々、人に不幸を与えても精神になんら呵責を覚えない人々がいる現実。人類は、まだまだ進化が足らないのかもしれない、という苦いものでした。

私は大阪の東成区という場所で生まれ、そこで小中学校時代(昭和30~40年代)を過ごしました。私が当時暮らしたその地域は決して豊かな土地柄ではなく、それほどのお金持ちはいませんでしたが、それでも生活の階級差あるいは差別について見聞きすることがありました。また、私自身、コペル君と同じように前から二番目に小さく、いじめる子やいじめられる子が周囲におり、そして色々なことを教えてくれる叔父の存在がありました。本書の物語の端々に、まるで自分の小さい頃のことのような既視感を覚え、懐かしい思いがしたものです。前述した無常観や無力感に支配されても、「生きるだけでも幸福だ」「生きることこそ大切だ」という概念は、生活の実体験として、この小さい頃を過ごしたコミュニティーの明るさが培ってくれたのだと今となっては思います。

本書は最後の部分で、日々の営みや良き友をもっていることに幸福を感じることができる崇高さを伝えています。悩み、考え続けたコペル君が一歩を踏み出し、自分の人生ノートにこのように書き込んでいます。

僕は、すべての人がおたがいによい友だちであるような、そういう世の中が来なければいけないと思います。人類は今まで進歩して来たのですから、きっと今にそういう世の中に行きつくだろうと思います。そして僕は、それに役立つような人間になりたいと思います。

そして、著者である吉野源三郎氏からのメッセージが最後に添えられています。

最後に、みなさんにおたずねしたいと思います。
― 君たちは、どう生きるか。

本書を再び手にとったいま、改めてこの言葉を噛み締め、その自分なりの答えについて考えたいと思います。

渡邊 光章
株式会社アクシアム
 代表取締役社長・キャリアコンサルタント
渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)

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