転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

1998年 7月~9月 
1998.07.01

人生の株主

「キャリアの経営(Career Management)と企業の経営(Corporate Management)は、全く同じだ」と良く言われますが、ここで改めてその意味を考えてみたいと思います。

98年4月、日本失業率は過去最悪の4.1%となり、5月には男性の失業率は4.3%を記録し、アメリカを上回り過去最悪となりました。景気の指数に携わる仕事をしている人からは、一様に嘆きの声が聞かれます。社会全体で見れば、会社人間を構造的に育成する事で得られた社会資産が、今や負の資産と変わってしまいました。会社単位で見れば、累積債務の返済に追われ、多くの日本企業が「負の資産処理」という経営課題に取り組まざるを得なくなっています。

株主はと言えば、今まで「もの言わぬ株主」であった機関投資家や銀行までもが、正当な権利として投資の配当に対して、ものを言うようになってきました。

こんな労働環境の中で、「人は余っているのに、社会から求められるキャリア(職務遍歴)を持つ人が極端に少ない」というのが現況です。会社が求める適性だけを備えた人材や、会社が用意してくれたキャリアトラックに載った人材をキャリアと呼ぶ時代ではもうありません。
人という曖昧な要素で労働市場を捕えないで、人が備えるべきキャリアとは何か、社会が求めるキャリアとは何かが問われています。キャリアをそなえた人は、更にどんな能力を備えているか、過去の経歴で証明できる事が必要です。過去のキャリアと未来のキャリアが脈絡を持つ事も不可欠です。

具体的には、次のようなキャリアが現在から未来に求められています。

  • 『産業を越えてキャリアを展開できる職能と意識をもったキャリア』
  • 『やりたい。やれる。やってくれ。と3つの要素がそろうキャリア』
  • 『市場、価値、産業を生み出すキャリア』

現在の労働市場で需要があるキャリアは経営資源と呼ばれます。更に未来にも需要があるキャリアは経営資本とも呼べる価値を持ちます。

これらのキャリアを備えた人材には、現在も多数の誘いが殺到しています。例えば外資系金融機関や、ハイテクベンチャー産業、新規サービス産業、知識集約型産業では、この時期ますます増加しています。システム環境を管理でき、且つ英語で仕事ができる人。国際金融の中で投資銀行業務、引受業務、商品開発ができる人、証券アナリスト、ファンドマネジャー、建築士の資格を持ち英語で業務管理ができる人、流通のITを金融に生かせる人、米国401K年金制度に精通した税務のプロ、移転価格税制のプロ、高級ブランドのセカンドブランドをマーケティングできる人、ファシリティーマネージメントのプロ、多店舗展開の小売業の経営ができる人、ダイレクトマーケティングに精通した経営者等、新規性の高いキャリアが求められます。逆に極普通の仕事をしていた人は、どんどん不要となってきています。持つ者と、持たざる者の差はますます拡大しています。この言葉は今や「お金を持つ者」ではなく「キャリアを持つ者と持たざる者の差」なのです。

キャリアの展開に成功している人は、キャリアの能力と意識を備えた方です。決して思いつきで転職したり、努力なしに他人に職歴の行方を任せたりはしていません。人生の資本家として、どんなキャリアに自分の人生を投資するか、という発想が大切です。ですから、可能性のある将来という資本を持った若い方には、正の資産と呼べるキャリアを積んで欲しいと思います。負の資産をもつ会社と同様、負の資産というような古いキャリアを持った方は、もう一度キャリアの資産を設計し、長期的な人生の再投資のためのキャリアをリデザインする必要があります。展開の為の転身です。

生涯のキャリアのグランドデザイン迄は画けなくとも、『3年後、2001年に何をしているか?』の現実的で短期的なキャリアをリデザインしてみる事はどんな人にもできる事でもあり、必要不可欠な事です。

人生の株主とは、皆さんご自身である事を忘れないようにしましょう。同時に人生の経営者も皆さんご自身です。経営判断に誤れば、株主として利益も損益も自らに還ってきます。
自らの人生を、人生の経営者として自らコントロールしなければ、他者にコントロールされ、結果、人生の株主として損だけ被ってしまいます。自己責任とは、問われるものではなく、自問するものです。

他者にコントロールされた、所謂会社都合が原因で職を失う人の数が急増している状況ですが、そんな中でも、逞しくキャリアを創造して行く為の行動を起こしましょう。

人が起きれば、業も起きます。起業家精神とはそんなところにあるのではないでしょうか?

コーポレート・ガバナンスが変化する中で、株主がものを言い出したのと同様に、キャリア・ガバナンスも変化させましょう。

関連情報

  • 「総務庁・統計局」発表、平成10年5月の完全失業率『4.1%』
    (1953年現行調査開始以来最悪の前月と同様)
  •  「労働省」発表資料、平成10年5月の有効求人倍率『0.53』
    1981年の円高不況以来最悪

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)