転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2006年 10月~12月 
2006.10.17

日系企業人気の復活~ライブドア&村上ファンドの罪~

ライブドア事件や村上ファンド事件は、金融、司法のみならず、日本の労働市場にも多大な損害を与えた。社会的、経済的責任の所在は司法や市場の判断に任せることができるが、労働市場に与えたダメージはどうだろうか?

当事者は知る由もないし、誰も責める権利をもっていない。しなしながら、この二つの事件が、若い層のキャリア形成に大きな影響を与えたことは間違いないと私は考える。

まず、ベンチャーに意欲をもつ(志向する)若者の割合を激減させてしまった。そして、優秀なマネジメント人材からも、ベンチャーへの参加意欲を損なわせてしまったように感じる。

ただでさえ日本の労働市場では慎重派が多く、リスクしか思いつかず、自分なりのキャリアデザイン・戦略・ビジョン等を持っている人が少ない。そんな中、「ベンチャーはやはり危ないもの」「倫理観のないもの」「キャリアとして選んだ場合には、二度と真っ当な会社には採用してもらえないもの」などの間違ったイメージを“やっぱりな”と思わせるような形で残してしまったのではないだろうか。

しかもその罪は、過去の常識にとらわれない発想や行動力を持ち、凡人には到達しがたい夢の実現を果たしたはずの人間が、実際にはその期待を裏切ってしまったことでさらに重さを増した。それだけ、人々の心に深く影響を残してしまったといえる。事件以降、ベンチャー企業を志向する優秀な20代が壊滅してしまった感まであるのだ。

まだ、キャリアを考える上での経験則や判断基準が乏しい20代の場合には、ニュースで触れるだけのベンチャーがひどい会社と映ったとて、仕方なかったのかも知れない。逆に、ベンチャー企業のおもしろさや経営への挑戦の意義・楽しみなどに興味を持っているのは、40歳以上に多いように思える。しかし彼らとて、大企業のオモテとウラを経験し、いまだ未知のベンチャーに淡い期待を抱いているだけの場合が多いのだが。

二つの事件が与えた損害の一番の被害者は、当然、他のベンチャー企業やまっとうな再生ファンドだろう。新しい技術やサービスを創造しようとする人たち、企業再生に取り組んでいる人たちにとって、現在、優秀な若手人材の獲得は益々困難になっており、採用現場に極めて深刻な事態を引き起こしている。

個人のキャリアコンサルティングを通じて感じるのは、優秀な若者がベンチャー、あるいは外資系企業を選ばず、明らかに日系大手等の安定企業を選ぼうとしていることである。彼らも日系企業の十年前の大リストラを頭では理解している。しかし、それでも今回の事件を眼前にしては、日系大手の方が安心してキャリア形成、勉強、スキルセットができるという意識なのだ。

アクシアムの顧客であるベンチャー企業や外資系企業の社長とお話をしていても、このような風潮を嘆き、優秀な人材が採用できずに困っている方は多い。しかし一方では、20代というのに安定のみを指向するような自信のない人材、ネガティブな思考・価値観の人材は必要ないというのも本音のようだ。いくら人材不足でも、価値観が違う人間は一切不要だということだろう。

以上、ライブドア、村上ファンド事件以降の変化について述べてきたが、変わらなかったこともある。「起業を目指す人」に今回の事件は、何ら影響がなかったのである。私が知る起業予備軍の中に、夢をあきらめたり躊躇したりする人は全くいなかった。これは、私が個人的に日本の労働市場で見いだした一条の光といえる。十年前、二十年前に比べ、起業を目指す人材の層が格段に厚くなったと感慨深い。

確かに、日本の大企業にとって、みかけ大企業志向の若者が増えたのは喜ばしいことかもしれない。しかし、上記の流れの中での安定志向人気に支えられていることも肝に銘じていただきたい。本当にこれで厳しい競争、新規価値創造、産業再生を成しえる人材やマネジメントが生まれてくるのか。思えば2006年は、そんな点を強く危惧させる年であった。

求人件数は引き続き堅調ながら、これら二つの大きな事件の影響もあり、個人サイドのキャリアの潮目は大きく変わった。2007年は、どうであろうか。

MBA人材市場では、来年夏の卒業予定者に例年より格段に早くオファーが発行され、しかもその回答期限が9月となった。期限どおりに承諾をする人と、承諾をせずに求職活動を続ける人に分かれている。このような状況は過去十年の中で初めてのことであり、外資系企業は優秀な人材の確保に益々時間と知恵、そしてコストを費やす時代に突入している。

日系企業は、外資系に比べれば時間と知恵をまだまだかけておらず、結果、出遅れている感がある。今後、日系企業の採用には外資系以上にコストがかかるようになるだろう。すでに、人材紹介会社や採用広告にかけるコストがじわりと増加しはじめている。となると心配なのは、時間とコストがかけられないベンチャー企業であるが、彼らが優秀な人材を確保するには、今までと異なる知恵やノウハウが必要な時代が到来するだろう。

いま日系企業を選ぼうとする20代のインサイトは、明らかに「20代の当座は安心してキャリア形成ができる」という点にある。果たして、個人がベンチャー企業を選ぶという時のインサイトは何か、外資系企業を選ぶインサイトは何か。それを深く理解することが、2007年の私自身の課題となろう。また、マネジメントを目指す人々のインサイトは何か?一度掘り下げて考えてみたい。ぜひ、読者の方からも教えていただきたいと思う。

関連情報

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)