転職コラム転職市場の明日をよめ

四半期ごとにお届けする転職市場動向。アクシアム代表・キャリアコンサルタントの渡邊光章が、日々感じる潮流を独自の視点で分析しています。

2017年1月~3月 
2017.01.05

MBAの真の価値を考える

ダウ平均株価や日経平均株価を見ていると、昨年夏から株価は概ね上昇傾向にあるようです。Brexitやトランプ氏の当選、他の国々の選挙結果などからは、世界経済や地域経済よりも自国の経済を優先する国が増え、世界全体が内向きになっているかの印象を持ちます。その一方で、世界的な株価の上昇が起きているのは何故なのでしょうか? その詳しい分析は門外漢の私ではなく専門家の皆さんにお任せしますが、今がまさに、大きな政治的変化の時代の幕開けであることは、皆さんも同感されることでしょう。

キャリアマーケットにおける求人数の動きは、2010年からの増加傾向が継続しています。ただここ数年、折に触れてお伝えしているように、30代・40代を対象とした求人の活況に比べ、50代の求人は依然厳しいままです。また、好調なマーケットにもいつか反転局面が訪れるのは常。少なくとも日本国内においては、Brexitも米国の大統領選もすぐに影響を及ぼすことはないでしょうが、TPPの行方次第では、業界によっては採用動向に大きなインパクトを与えるかもしれません。

さて、アクシアムは今年で設立25周年を迎えます。創業当時からMBAのキャリア開発、ミドルマネジメント人材やマネジメント人材のキャリア相談、職業紹介を行ってきました。その累積は、今では海外MBAホルダー5300人、国内MBAホルダー1700人、合計7000人にものぼります。もちろんMBAホルダー以外の修士や博士、あるいは学士号取得者へのキャリア支援も行っており、そちらは累計10000人以上となりました。

そのような皆さんとのお付き合い中で、最近強く思うことがあります。それは“MBAの真の価値“についてです。2017年の幕開けにあたる今回のコラムでは、“MBAの真の価値“について、これまでの四半世紀の経験からわかったこと、見えてきたものをもとに、僭越ながら今後の日本の社会のため、これからMBAを目指そうとしていらっしゃる若い方々のために明らかにしておきたいと思います。

昨今、MBAについて疑問視する声があることをご存知でしょうか? その中には「価値のあるMBA」と「価値のないMBA」があるという議論も含まれます。私自身、それらの議論の一部分と重なる問題意識を抱えています。それは「MBAが持つ本来の価値を理解し、それらを身につけようとする人が減っているのではないか」という危惧です。そこが曖昧なままでは、「価値のないMBA」と言われてしまう人材ばかりが増え、真の「価値のあるMBA」を目指して自らを磨き、未来のリーダーとなりうる有用な人材が減ってしまうのではないでしょうか。これは由々しき事態です。すでに学位を修めたMBAホルダーの皆さんにも、ぜひ一緒に考えて欲しい点です。

結論を言おう、日本人にMBAはいらない』というセンセーショナルなタイトルの本が、昨年11月に角川新書から発刊されました。著者はローランド・ベルガー日本法人会長の遠藤功氏。遠藤氏はBoston CollegeのMBAホルダーであり、早稲田大学ビジネススクールで13年間教鞭をとった人物。2016年3月に同校を退任された後、現職に就いておられます。本書の主張のひとつは、世界と日本のMBAとはまったく違うものである、というもの。ヘンリー・ミンツバーグ氏の著書『MBAが会社を滅ぼす』に通じる部分が多くあります。ミンツバーグ氏曰く、世界では毎年10万人ものMBAが生まれているとか。氏がこの本の中で問うたのは、誕生から100年経ったビジネススクールの在り方であり、世界規模でMBAが乱造されることへの警鐘でした。

一方、遠藤氏の著書では、「10年前は数百名程度だった国内MBAが、いまでは毎年5000人も誕生している」と述べ、ミンツバーグ氏と同様に日本のMBAが乱造されていると指摘しています。そして遠藤氏は「日本人にMBAはいらない」と主張します。

こうしたなかで、私が「日本人にMBAなんていらない」と強く思う理由は明白である。それは次の2つに集約できる。
(1)ほとんどの日本企業は、MBAの価値を認めていない
(2)日本のMBAの「質」が低すぎる
(第一章 「誰も語らなかったMBAの正体」より抜粋)

関心のある方は、ぜひ本書を読んでみてください。国内のビジネススクールで学び、マネジメントやプロフェッショナルとして素晴らしい活躍されている方を多く知る私には、違和感を覚える記述もありますが、賛同できる点も多々ありました。

さて、本論に入ります。

「価値のあるMBA」と「価値のないMBA」があるとするなら、両者の違いとは何なのでしょう? 私はその要素が、以下の5つであると考えます。

(1)知識、スキル、ビジネスフレーム

企業財務・マーケティング・経営戦略・組織論などの経営全般あるいは専門領域ごとの知識やスキル、分析手法、課題解決のためのフレーム(考え方)など。MBAとして必須であるような最低限の知識ではなく、それらを高いレベルで取得できているかが問われます。キャリアマーケット(採用審査)では、それらを筆記試験、口頭試問、ケースインタビューなどを通じて審査されます。海外MBA生であれば、当然これらを日本語と英語の両方で、プロフェッショナルレベルで遂行可能であることが求められます。

(2)論理的思考、コミュニケーションスキル

MBAホルダーに期待される最大の要素は、この論理的思考力ではないでしょうか。さらに未来のリーダーたる人材には、リーダーシップやアントレプレナーシップなども求められます。また、コミュニケーションスキルは高ければ高いほど好ましく、プレゼンテーション能力やオーラル、ライティング、パワ―ポイントやエクセルなどのビジネススキルも洗練されていれば洗練されているほどMBAとしての価値は高まります。

(3)価値観(自己分析とキャリアの展望)

最近は直観力、現場力、修羅場の経験、成功体験、失敗体験などパーソナルな経験と結びついた個々人の価値観が重視されます。自分の性格や特性をよく理解している人、現実感のある人が高く評価されます。また、5年~10年程度のキャリアプランが現実的かつ挑戦的な人、目線の高い人が求められています。海外トップスクールなどを卒業した、いわゆる「価値のあるMBA」とされる人材の多くは、この部分(キャリアプラン)が現実的で、具体的な目標を持ち努力指標が明快です。(学内の環境から、自分が目指す業界や職種について豊富な情報を得やすいことも、キャリアプランの醸成に有利に働くのでしょう。)

一方、「価値のないMBA」と呼ばれてしまう人材は、現実感がない単なる願望を抱きがちで、目標と努力指標が合致していない場合が多く見られます。キャリアゴール達成のために何が必要か、実現可能かどうかを正直に助言してくれる教授や先輩、友人が不在。今の自分と未来の自分をつなぐ方法論が安易なのです。答えを自分で見い出すことができず、選択肢や正解を与えてもらいたいという依存的なタイプの方が多い印象です。「なぜそのように考えるのか?」という問いに、たとえ正解を出さずとも、相手が納得できる自分らしい回答ができることが「価値のあるMBA」ではないでしょうか。

(4)ネットワーク

海外MBA、特にトップスクールといわれる20校は、このネットワークが素晴らしく、価値が高いといえます。留学時代に築いた教授、先輩、同窓、同期の友人のネットワークは有形無形の糧となり、生涯の財産となります。ただ、ネットワークは数ではなく、質が問われるもの。単に有名校を卒業して知り合いが多い、SNSでつながっている人数は多いというだけでは、海外MBAホルダーといえど価値はありません。電話一本で連絡が取れる、何年たっても一緒にワークできる関係性を持っているかどうかが重要です。

(5)機会

世界のビジネススクールのランキングを見ればわかりますが、ランキングの要因となる卒業生の年収、卒業から3年後の年収、就業率など数値化された指標が公開されています。どのような企業がそのビジネススクールにリクルーターを派遣し、企業説明会を開催しているのか。卒業生がどのくらい就職しているのか。データを見れば、ビジネススクールとしての価値は一目瞭然です。最近の海外トップスクールでは、既卒生に対するキャリアサポートまで充実しているようです。トップスクールと、そうでない学校の格差が拡大している印象です。トップスクール出身者の中からは、世代を超えて常に次の時代のスタープレイヤーが出てくることが多いですし、採用側にも多数の同窓の先輩が活躍しており、採否の決定権者であることも少なくありません。これらは海外トップスクールならではの、大きなアドバンテージです。

以上の5つの要素を備えてこそ、真に「価値のあるMBA」だと私は考えます。そしてそのような「価値のあるMBA」を求める声は、日本でも高まっています。

実際に5つの要素をすべて完璧に備えるのは、かなりの難問かもしれません。海外トップスクールのMBAは、すべてを高いレベルで持っている方が多い印象ですが、海外MBA生であっても中堅未満の学校では(1)(2)(3)も低いレベルで、(4)(5)については欠落しているという、低いレベルの場合も見受けられます。

ちなみに最近は、中国・インド・アメリカ等の出身者で、日本の理系大学院を卒業してそのまま日本で勤務し、さらに日本のビジネススクールに進学する人が増えてきました。彼や彼女については、英語のほか母国語・日本語の3ヵ国語で仕事ができる人が多く、非常に優秀です。それゆえ日本のビジネススクールを卒業した外国籍の人材について、日本人以上に採用企業の評価が高い場合が多くなってきました。キャリアマーケットでそれらの人材と競わねばならないことを知り、自身の価値について考えておくのも重要かもしれません。

最後に、MBAの本当の価値は、いわゆるMBA新卒時に最大化しているわけではありません。取得後(卒業後)の数年の期間に、ビジネスの現場で知識やスキルを活用し、ビジネスの課題にいかに取り組んだか。目標やビジョンに向かって努力し、強い意志を持ち続けているかで、さらにその価値は高まっていきます。その努力を続ける人と続けない人の違いは、ビジネスの判断力や人間としての魅力、精神力の強さ、成果や人脈、ネットワークの差として広がっていきます。5年後、10年後には大差が生じているでしょう。そしてその大差とは、その後の機会の有無として現れます。当たり前のことですが、MBA留学中に時間を無駄に使い、さらに卒業後もMBAで学んだことが無駄になるような時間の過ごし方をしていると、市場価値は失われてしまいます。

すなわち、真に「価値のあるMBA」とは、MBA就学中に手にしたものを活用して、数年の単位ごとに明確な成果を打ち出せること。そうして新しいキャリア機会を、次の年齢層になった時に獲得できること。その先にはミドルマネジメント、さらには経営陣への道が拓けるのです。(他方、「価値のないMBA」は何年経っても新たな機会に恵まれないことになります。)

もし若い人達が「MBAを持っていなければ、経営者になれないのか?」とお尋ねになるなら、「MBAがなくても立派な経営者になることはできる。しかし、経営者になるためにMBAを取得するのではなく、経営者として立派に経営したければ、MBAを取得することをお薦めします」とお答えしたいと思います。「MBAで学んだこと、MBAの5つの価値はその後の人生で大いに使える。さらに努力次第で継続的に高めていくことができる。経営者となって成功する確率を高めることができる」と。

国内だけで完結するビジネスを自らの仕事として選択し、その領域で経営を目指すのであれば、MBAはたしかに不要かもしれません。ただ将来、経営者やプロフェッショナルとして海外市場で戦うことや、大きな変化を乗り越えることを希望しているのであれば、「価値のあるMBA」となる環境に恵まれる海外トップスクールへのMBA留学は、極めて有効な選択肢といえます。

MBAホルダーが経営者やパートナーに多い会社は、MBA人材の活用が上手です。投資銀行や戦略コンサルティングファームのほか、MBA保有を応募条件とする事業会社も増えてきました。これはなにも外資系企業に限ったことではありません。事業会社におけるリーダーシッププログラムは、その名の通りビジネスリーダー育成のためのプログラムであり、MBA卒業後のキャリアのゴールとして組織のビジネスリーダー、マネジメントリーダーとなるための実践です。かつての日本企業のエリート育成や、経営幹部候補生募集とは異なるものです。これらはMBAの価値を卒業後もさらに高められるキャリア機会であり、2016年には新たにそのようなプログラムを用意し、MBA採用を開始した外資系企業がありました。

世の中にはMBAの価値を否定する声が以前から存在することは著者も承知していますが、その一方、MBAの価値を認め、MBAを求める声が以前にも増して強く、そして多方面に広がっていることを結びとしてお伝えしたいと思います。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)