転職コラム転職市場の明日をよめ

アクシアム代表/エグゼクティブ・コンサルタントの渡邊光章が、日々感じる転職市場の潮流を独自の視点で分析しお伝えします。(※不定期更新)

2025年1月 
2025.01.09

エッジの時代~ニッチなキャリアを生きるメリット~

昨年のノーベル化学賞は、GoogleのAI部門(グループ会社)である「DeepMind」社の共同創設者兼CEOのデミス・ハサビス氏、同社のシニアリサーチサイエンティストのジョン・ジャンパー氏、そしてワシントン大学のデイヴィッド・ベイカー教授という3人の科学者が受賞しました。

「DeepMind」社の研究チームは、アミノ酸配列からタンパク質の3次元構造を予測するAI システムを開発し、それが評価されました。いわゆる従来の化学者ではなく、デジタル・サイエンティストがノーベル化学賞を受賞したことに大いに驚いたと同時に、私たちはもう新時代を迎えているのだと痛感しました。

アクシアムでも時を前後して、資金調達を経た複数のバイオ・インフォマティックス領域のスタートアップから、コア人材の採用支援依頼を受けました。他にもディープテック関連企業や、それらスタートアップへの投資を拡大するベンチャーキャピタルからの求人が増加しています。

このように化学とデジタル、デジタルとマテリアル、エネルギーとバイオ、宇宙とバイオ、ロボットとAIなど異なる分野のものが交わる領域、すなわちサイエンスでは「interdisciplinary」というワードで、ビジネスでは「niche」というワードで表されますが、そのような領域からこそ、革新的な技術やイノベーションは生まれます。それらは過去の価値観の集合体のど真ん中から生まれることは決してなく、2つの異なる集合体の端と端の部分が重なる共有部分から生まれることが多いのだと思います。

既存の価値観で構成された経済圏の真ん中、つまりコンフォートゾーンで生きているかぎり、そこから抜け出す必要性も、機会も生まれることはありません。いま生きているゾーンをA、Aと異なるゾーンBがその外にあるとした場合、A∩B=AとBの「共通集合」部分が発生します。そこはAの真ん中からみると異端であり、Bの真ん中からも異端と見なされるのかもしれません。しかしながら、そのような“edgy領域”でこそ少数派の「interdisciplinary」が生まれ、そこからイノベーションが起こるのです。

VUCA時代に不可欠な“キャリアの生存戦略”とは、いま自分がいる価値観のゾーンの真ん中から抜け出し、異なるゾーンの価値観にも目を向けてみることが、その第一歩なのかもしれません。

だからといって無理に転職を決意して、求職活動をする必要はありません。ゾーンの端っこに立って、異なるゾーンに目をむけてキャリアを考えることも「転職活動」です。キャリアコンサルタントとディスカッションすることや、紹介された異なるゾーンで起きている未来への変化を知るだけでも有益ですし、異なるゾーンの人たち(採用側)とカジュアル面談等を行い、理解を深めることも有益です。そうした後、正式な応募を行うこともできます。

ですから、突然異なるゾーンへ飛び込むようなギャンブルはせずとも、転職活動は始められるといえます。「自分には飛び越えられない」と思えば、無理にゾーンを越える必要はありませんが、ゾーンのど真ん中にいた人たちこそ、端っこに立ってみること、転職活動を始めていることのメリットが大きいと思います。ただ逆に採用側は「ゾーンを越えたい」という意欲だけでは採用してくれません。ゾーンを越えて活躍できる人だけを選び抜こうとします。

そもそもビジネスシーンで「ニッチ・マーケットを狙う」とか「隙間を狙う」という言葉を耳にしますが、この「niche」という言葉は、生物学では『ある生物が適応した特有の生息場所』のことで、生物が何もいない所ではなく、誰かが、何かが生きている場所を指します。あるゾーンにいる生物には、その変化が見えにくいものです。バランスがとれた安定期にはゾーンは端から崩れますが、エネルギーの均衡状態が崩れているVUCA時代においては、ゾーンの中核部分からいきなりゾーン全体が崩れてしまうことも起こりえます。

ゾーンそのものの変化に気づき、外部の異なるゾーンとの違いを発見し、ゾーンを越えて新しい環境に適応できる生物。すなわち「edgy」へ、「niche」へと踏み出せる生物が生き残れるのかもしれません。

90年代半ばのインターネット黎明期、世界を席巻したブラウザー提供会社に「ネットスケープコミュニケーションズ(Netscape)」がありました。その創業者でありスタンフォード大学で教鞭をとっていたジム・クラーク氏(専門はコンピュータ・グラフィックス)は、1998年にAOL社に会社を吸収合併された後、学生たちにこう言ったそうです。

「これからは、デジタルを学んだものはデジタルではなく、ヘルスケアやライフサイエンスに進め!」と。

2000年頃でしょうか、当時カリフォルニアに留学していたある方から、この話を聞いたことを思い出しました。25年の時を経て、ジム・クラーク氏のこの言葉、この教えがまわりまわってデジタル・サイエンティストたちのノーベル化学賞受賞につながったのかもしれないと感動を覚えました。

凡人である私は、ジム・クラーク氏のような洞察力も先見性も持ち合わせていませんが、年始にあたり、これからの時代こそ「edgy」の価値がますます高まり、「niche」に目を向けたキャリア開発が必要であるとお伝えしたいと思います。

コンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)