転職コラム”展”職相談室

キャリアや転職に関わる様々な疑問・お悩みなどに、アクシアムのキャリアコンサルタントがお答えします。

“展”職相談室 第153回
2015.11.05

転職における「マーケットプライス」の意味について教えてください。

マーケティング・マネージャーに挑戦したいと思っている29歳です。現在、日系の消費財メーカーに勤務しているのですが、ずっと希望してきた海外マーケティング部門への異動が何年も認められず、MBAで学んだマーケティングスキルを使う機会も少ない状況です。また、社内で上司に合理的に説明しても、なかなかロジカルに回答してもらえません。例えば、売上をいかに上げるかについては議論してくれるのですが、本来議論の裏付けとなるはずの市場調査やその分析結果などはほとんど重視してくれないのです。そこで、スキルを活かしてキャリアを伸ばせる企業に転職しようと思っています。

幸い応募先企業とのインタビューがうまく進み、今は最終判断を待つのみとなっています。現職の年収は450万円(基本給350万円、賞与100万円)程度。応募先は外資系なのですが「マーケットプライスで検討するから、希望を述べてくれ」と言われました。大学時代の友人が応募先企業と同業の外資系で働いており、ちょうどマーケティング・マネージャー職に就いています。彼の年収は約800万円。友人からは外資系のマネージャークラスなら800万円程度は当たり前だと助言されました。私も800万円を希望すると伝えていいものでしょうか? 「マーケットプライス」の意味がいまひとつ理解できておらず悩んでいます。ちなみに応募先企業からは、別の最終候補者がもう一人いると言われており、高い年収を希望することでオファーがもらえないかも知れないとの恐れを抱いています。破談は絶対に避けたいです。希望年収について、どのように答えるべきでしょうか?

Answer

マーケティングのプロであるご相談者にとって「マーケットプライス」について改めて考察いただける良い機会ですね。説明するまでもなく「マーケットプライス」とは「市場価格」であり、「市場において需要と供給との関係によって現実に成立する価格」のことです。普段、金融市場や何らかの商材の取引市場に、売りの立場や買いの立場で関わっておられる方なら、当該市場の相場観がわかり取引方法にも明るいでしょう。その意味では、初めて転職する方にとって“労働市場における自分の価格はいくらか”と聞かれても困ってしまうと思います。

求人者と求職者の間の取引は、いわゆる株式の公開市場などルールが明らかな取引と異なり、未上場株の相対取引、あるいは個と個の取引のようなもの。株式の公開市場のように、需要と供給の関係から傾向値が計算されるものではないのです。複数の応募者と一人の採用者、あるいは一人の応募者と複数の採用者の間でやり取りがされる構造です。このようなクローズドな自由取引下において、傾向値や統計はとれません。(もちろん大手企業の中には、同業他社の賃金相場を調査会社から購入して概ね把握している場合もありますが、そうではない企業が多いでしょう。)少し専門的になりますが、賃金の決定要素は、一般的には「労働対価」「生活保障」「労働力の市場価格」の3つだとされています。くわえて企業によっては「社内のバランス」「勤続年数」「人間的な関係性」等が賃金に影響を与えます。

ただ今回のように、社外から人材を登用する際に採用側が「マーケットプライスで提示します」と言っている場合には、「労働対価」「労働力の市場価値」に重きが置かれていると推測できます。このようなケースでは、応募者側はいくつか注意すべき点があります。第一のポイントは、あなたご自身が提供できる労働力が相手の想定する「市場価値」にきちんと合致しているかどうかです。第二のポイントは、あなたの「市場価値」が合致しているとして、その「価値」と「価格」をもう一人の候補者と比較して判断されるという点です。この2つのポイントが採否に大きく影響します。また、「マーケットプライスで提示します」という場合に、企業側の事情も2通りあり、予算枠を非常に広く用意している場合と、あまりに予算が少ないため候補者に非開示にして採用を進める場合とがあります。

採用側は必ずしも、報酬をできるだけ下げて安く人材を採用したいと思っているわけではありません。しかしながら、あなたと比較してもう一人の候補者の能力が同等で、かつ価格も安く済むのであれば、そちらに軍配が上がります。仮にその候補者が600万円を希望し、あなたが800万円を希望すれば、その人の採用が決定されてしまう可能性は十分にあるということです。ですから「マーケットプライスで」と言われたからといって、高い年収を出してもらえると安直に思うのは間違いです。もう一人の候補者の現在年収と希望年収がいくらか不明なかぎり、戦術は非常に立てにくいといえます。こんな場合には、具体的な希望年収を不用意には出さないほうがいいでしょう。「現在年収からできるだけ上げることを希望している」という程度にとどめるのが無難です。

友人が同様のポジションで800万円をもらっているから自分も同額を希望します、というのはまったく合理性に欠ける説明で、あなたの市場価値には何ら関係のない話です。そのロジックだけは絶対に使わないことをお勧めします。その方だけでなく、外資系同業他社に勤務する知人が複数おられ、マネージャーの実際の年収をお調べになったというなら、それは一つの参考データになりえます。しかしそれにしたって、卒業した大学の同級生の賃金例でしかなく、希望提示額の根拠にはなりにくいでしょう。

では、あなたが使える「マーケットプライス」とは何でしょうか。それは「現職で得ている報酬」と、もし他に応募先があり正式なオファー額が提示されているのであれば、その「オファー額」です。その2つが需要側から示された「マーケットプライス」となります。転職の際、年収をできるだけ高くしたいのは当然のお気持ちですが、狙うべきは“売値の最大化よりも買値の最大化”。もし具体的な年収希望をお伝えになるのなら、他の候補者に勝機を与えるようなことがないよう、数字を慎重に探りましょう。

「場合によっては破談してもいい」という覚悟で勝負されるのであれば、常識的な範囲で高い希望年収を提示してみるのもよいと思います。ただ、直接ご自身で応募されている場合には、かなり難しい交渉となるでしょう。ちなみに前述のように大手外資やプロフェショナルファームなどは、マーケットプライスについて調査データを把握している場合が多く、日系企業はマーケットプライスに連動した年収提示をするところは少なく、社内の賃金体系に合致するかどうかが主流(最近は変わってきたところもあるので注意)です。ベンチャーは社内バランスが定まっておらず、マーケットというより個別のニーズに合わせてかなり広い枠で提示する場合が多い、など事情は複雑です。

サーチファーム等のキャリアコンサルタントを仲介者としているなら、利益を最大化するのに最適な数字を提示することが可能です。キャリアコンサルタントは仕事上、大まかな市場価格や相場を理解していますし、応募先企業のマネージャー職の年収レンジを理解しているはずです。他の候補者に勝機を与えることがない、また破談することのない希望年収額をアドバイスしてくれます。サーチファームなどを利用する大きなメリットのひとつは、じつは“年収交渉”なのです。具体的な交渉術などについては、また別の稿に譲りたいと思いますが、信頼できるサーチファームを見つけ、上手に利用されることもお勧めしたいと思います。

※こちらでは、質問と回答を簡潔に要約し、典型例としてご紹介しております。キャリアコンサルティングの現場ではコンサルタントとキャリアについてご相談いただくのはもちろん、実際の求人ポジションをテーブルに載せながら、「現実的な可能性」の検討をしています。したがって、その時々で市場動向・受託ポジションが異なりますので、「現実的な可能性」=キャリアのチャンスも様々になります。

コンサルタント

インタビュアー/担当キャリアコンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)