転職コラム”展”職相談室

キャリアや転職に関わる様々な疑問・お悩みなどに、アクシアムのキャリアコンサルタントがお答えします。

“展”職相談室 第174回
2017.08.03

オーナー企業とベンチャー企業の両方からオファー。意思決定のポイントは?

大学を卒業し、一部上場の製造業に入社した33歳です。営業や経営企画を経て、企業派遣で海外MBAを取得しました。それから5年。帰任後は海外事業開発を担当しているのですが、会社から海外現地法人のコントローラーとして、赴任の話をもらいました。現地法人はまだ数十億の規模ですが、成長性はあります。自分でも順調なキャリアであると思っており具体的な不満などはないのですが、今後10年、20年先のキャリアを考えると、このまま年功序列の組織で時間を費やすことで、本当に人生に悔いが残らないのか考えてしまうようになりました。

そこで一念発起して転職活動を開始し、今回、あるオーナー企業とベンチャー企業の両方からオファーをいただくことができました。年収は現職よりもアップしますし、部下を持つポジションということで大変満足しています。ただ、いざ意思決定を迫られた時に、今までいた上場企業とオーナー企業、あるいはベンチャー企業では何が違うのか、自分でしっかり理解していないことに気づきました。意思決定に際して、これらの企業について知っておくべきこと、考えなければならないこと、覚悟しなくてはならないことなどがあればお教えください。

Answer

まず回答の前提として、2つ申し上げておきたいことがあります。第一に、上場企業、オーナー企業、ベンチャー企業とそれぞれをクラスターとしてまとめて論じたり、一般化したりすることは大変危険であることです。インターネットで調べても、友人や先輩に意見を求めても、あるいは実際にそれらの属性の企業に勤務している方に直接お話を聞いたとしても、あなたにオファーを出した各企業の実態と異なることは多数あるでしょう。これから述べる私の回答も含めて、それらの情報はあくまでも参考のひとつとして捉え、「本当にそうなのか?」という目を持ちつつ、自ら個別の企業について調べてみる姿勢が必要です。

第二に、現在のような変化の時代に未来を予見することはできません。資本流動がこれだけ激しくなると、オーナー企業が上場企業になったり、上場企業が売却されて未上場企業になったりなどします。これからの世の中は、たとえ自分が変わりたくなくとも、社会や会社が変わる時代。ビジネスリーダーを目指す人には、それらの変化の波をものともせず、乗り越える気概が求められます。

以下の回答は、あくまで最低限知っておくべきポイントであって、前述のように企業によっては当てはまらないケースもあること、そして転職後に資本流動などにより、まったくその状況が変わってしまう可能性があることも心に留めておいてください。

では、上場企業とオーナー企業、ベンチャー企業の特性や違いについての基本的な事柄の確認、そして私なりの見解をお伝えしましょう。

ポイント(1)経営決定権と組織の特徴

上場企業…いずれかの証券取引所に上場しており、株式市場から資金を調達している。株主総会が会社の最高意思決定機関。ただし外部のファンドや敵対企業が、ガバナンスが変わるような形で介入するケースも。上場基準、監査法人による監査があるため、一定以上のコンプライアンスは機能している。(とはいえ有名企業でも不祥事は起こりえる。よって上場企業にもリスクはある。)

オーナー企業…創業者や創業家が過半数の株式を保有していたり、過半数でなくても、実態として決定権を握っていたりする企業をさす。外部株主がいない利点として、研究開発などの未来への投資をスピーディーに判断・実行できる点が挙げられる。その一方で、オーナーの経営判断のミスで会社が危うくなることも。数百年の歴史を持つオーナー企業の中には、上場企業にはない独自のビジョンや経営方針、企業文化を持つものもある。ワンマンなタイプや社員を上手く巻き込んで意思決定するタイプなど、そのマネジメントスタイルは千差万別で、その個性が組織により大きく影響を及ぼす。それゆえ、オーナーや会社のカルチャーと自分の価値観とのフィット感がポイント。ちなみに今後、日本ではこれらオーナー企業の合理化やグローバル化、ICT化、持続可能なビジネスモデルへの改革、ミドル~マネジメント人材の外部からの登用が課題といえる。そのような局面では、ビジネスリーダーを目指す個人にとってはキャリア上の大きなチャンスが出てくる。

ベンチャー企業…基本的には、起業家本人や創業メンバーが経営陣にいる。スタートアップ、ミドルステージ、IPO前、IPO後で経営のガバナンスは変化する。経営者の意思決定のスピードや権限の大きさは、ベンチャーにより様々。ベンチャーキャピタルや大手企業など外部株主がいる場合には、意思決定が遅くベンチャーらしいリスクテイクができないことも。起業家は会社の成長とともに経営者として成長していくが、その起業家が偉大な経営者となるかを見抜くことは至難の業。ベンチャーキャピタリスト並みの目利きでないと難しい。ただし、もしその起業家が暴走した場合にそれを止める役員や社外取締役、監査役等がいるかを判断することは可能。重要なチェックポイントといえる。またベンチャーがいわゆる中小企業と異なる特徴は、その歴史やサイズではなく、会社がリスクをとって成長を目指し、様々な開発や革新に挑戦している点。ときにその挑戦は、会社が消滅するほどのリスクを伴うことがある。その点を肝に銘じ、参画を考えるなら、事業や会社が消滅する可能性やその際のキャリア上の代替案も持っておくことが重要。

ポイント(2)賃金・社員の質・雇用環境(待遇)

上場企業…生涯年俸は圧倒的に高く、総じて社員の質も高い。
オーナー企業…生涯年俸は上場企業に比べ、何割かダウン。社員の質は上場企業に及ばない場合も。
ベンチャー企業…オーナー企業と同様に、生涯年俸は上場企業に比べてダウンする。社員の質にばらつきがある。

……と、いわれてきましたが、ストックオプションや現株の付与が可能となった今日。報酬は個別企業によってまったく異なります。低いとされてきたベンチャー企業に転職しても、オプションや現株を上場後に現金化し、大きく生涯賃金を上乗せすることも可能。オーナー企業は上場企業よりも賃金が低い場合が多いのですが、稀に、契約社員などの雇用形態や役員報酬での処遇が可能な場合は、その限りではありません。(ただ、そもそもどんな企業でも定年まで雇用の保証がない時代になりましたし、退職金や早期退職金制度の金額も低下しているため、生涯年俸の見込みを立てることはどこに所属しても難しくなっています。)

社員の質については、さらに一概には論じられません。最近のベンチャーは起業家そのものが高学歴化しており、自らと同様の学歴レベルを求めるケースが多くなっています。また、即戦力人材を求めてスキルセット重視の傾向も強いため、未上場といえども上場企業と遜色ない年収を提示し、優秀な人材を確保しようとする動きが見られます。

待遇については、10名以上の企業には法的に雇用保険や社会保障などの整備が義務付けられています。ですから最低限の制度は担保されていますが、入社前に社則等を読ませてもらうことや、疑問点について説明を受けることが重要です。人事、賃金、保険、退職金、各種手当、住宅補助、ローン、労働組合、有給休暇、出産や育児に関わるルール等々、気がかりな点は事前にしっかりと確認すべきです。

ポイント(3)社会的信用

上場企業、オーナー企業、ベンチャー企業の違い(差)で最も大きいものは、社会的信用です。今日では、いわゆる新卒者が上場企業よりも魅力を感じ、入社を希望する個性的な未上場企業やベンチャー企業も出てきました。プロフェッショナルファームやNPO、NGOでも人気の企業・団体があります。

しかしながら、大手上場企業の認知度の高さ、その社会的信用の高さは、たとえそれが“過去ののれん代”であったとしても非常に大きいものです。その会社に所属することで、社員は明らかに日々恩恵を受けています。ローンやカード、住宅の賃貸契約時に必要な審査、子供の学校の受験等々。それらは大手上場企業だからこそ享受できるものです。

最後に…自分の軸

いかがですか。いまご相談者が所属しておられる上場企業とは、様々な点で異なりますね。それらを踏まえた上で、あえて申し上げます。正しいキャリアの選択のためには、「会社の選択」ではなく、「キャリアの選択」をしていただきたい。上場企業か? オーナー企業か? ベンチャー企業か?どのカテゴリーの会社を選ぶべきかを考えるのではなく、ご自分の今後の10年、20年をどう過ごされたいのか、何が譲れない軸=「価値軸」なのかをいま一度考えてみてください。

報酬も機会も将来性も、すべてを満たしたければ、それが満たせる会社は自分で作るしかないことにきっと気づくでしょう。安定とチャレンジ、どちらを選択するかということでもありません。ポイントは、前述の価値軸に加えて「時間軸」です。例えば“自己成長”を価値軸に持つ人が2人いたとして、ある人にとってはここから5年間はベンチャー企業の環境が自己成長につながり、別のもう一人にとっては大企業の方が飛躍できそうである、など。そのような視点で、各オファーを検討してください。繰り返しますが、ご自身の価値軸と時間軸、これをしっかりご自身で見極めることこそ重要。ぜひ、後悔のない選択をされることを願っています。

※こちらでは、質問と回答を簡潔に要約し、典型例としてご紹介しております。キャリアコンサルティングの現場ではコンサルタントとキャリアについてご相談いただくのはもちろん、実際の求人ポジションをテーブルに載せながら、「現実的な可能性」の検討をしています。したがって、その時々で市場動向・受託ポジションが異なりますので、「現実的な可能性」=キャリアのチャンスも様々になります。

コンサルタント

インタビュアー/担当キャリアコンサルタント

渡邊 光章

株式会社アクシアム 
代表取締役社長/エグゼクティブ・コンサルタント

渡邊 光章

留学カウンセラーを経て、エグゼクティブサーチのコンサルタントとなる。1993年に株式会社アクシアムを創業。MBAホルダーなどハイエンドの人材に関するキャリアコンサルティングを得意とする。社会的使命感と倫理観を備えた人材育成を支援する活動に力を入れ、大学生のインターンシップ、キャリア開発をテーマにした講演活動など多数。
大阪府立大学農学部生物コース卒、コーネル大学 Human Resource修了
1997年~1999年、民営人材紹介事業協議会理事
1998年~2002年、在日米国商工会議所(ACCJ)人的資源マネージメント委員会副委員長
著書『転職しかできない人展職までできる人』(日経人材情報)